グラスの泡が天に昇っていく。これは時の粒だ。一気に飲み込めないから、じわりじわりと効いてくる。時給が遡って半額になり、目の前が暗くなった。シートが倒され僕は仰向けになる。焼けるようなタオルを残しておじさんはどこかへ消えてしまった。顔を蒸して何の意味があるだろう。けれども、そこには無言の圧力がかかっている。異議を挟むな。素直な子供であれ。自分の顔に被さるものに触れることができない。静かな時間が過ぎていく。皆は元気にしているだろうか。僕がいなくても世界は大した影響を受けない。おじさんは戻らない。もう僕のことなど忘れているのだろう。慣習に逆らえなかったばかりに、僕の夢は実らない。後先を考えずに払いのけたい。来世の僕はもっと大胆でありますように。呪われた理容室の中で僕は5年生になる。
硝子越しにしゃっくりについて話した。止まらなければ眠れない。眠れなければ死んでしまう。やはりしゃっくりは恐ろしい。都市伝説の話をした。坊さんの修行はすごいね。あいつら暇だからと僕は言う。僕はそんな風には思わないと君は言った。お前こそ暇だと言う君は水槽の中に閉じ込められて、サメと一緒だった。
「先生、どうしてクラス委員が?」
「彼が望んだからさ」
「自分で言い出したんですか?」
「人と一緒に遊んでいたら遠くへは行けないだろ」
回る鰯を眺めていると目が回りそうだった。塩の匂いはしなかったけど、水を見ているとどこか懐かしくなる。体にいいとは、きっとこういうことなのだ。いつもとは違って、今日は先生の表情が明るく見える。ああ、こんな風に笑えるんだ。校舎の壁に邪魔されて気づかなかったものが、背景が変わって現れる。先生だって案外普通の人かもしれない。僕らはこの半日で3年分の呼吸をした。
「月にうさぎを返しに行く者は?」
「もうですか?」
「けど、先生それは僕らの本分でしょうか?」
「いいんだよ。思いついた人がやれば」
教科書も文具も捨てて誰かがバンザイを始めた。すぐに誰かが真似をして、3人が寄るとブームになった。
バンザイ♪ バンザイ♪
僕もブームに乗っかった。肩の力は抜け、警戒心は薄れた。心配事は何もない。仕事なんかは放り出していい。すべての垣根は最初から存在しない。大人も子供も関係ない。人も猫もルーツはそれほど離れていない。参加者きたれ。バンザイ♪ バンザイ♪ 今日という奇跡に。バンザイを繰り返す内に大いなる喜びがやってきた。何も持たないこと、手を開くということにこれほどの力があったとは思わなかった。みんな悪くないね。星がきれいだ。瞬いた星に、僕はいつかの転校生を重ね見た。ねえ、君は僕のことどれくらい好きだったの? 遠いから結びつくものがあるのだろう。突然、誰かがあくびをして、お祭りは終わった。
(どうして生まれてきたのだろう)
祭りの後は急に憂鬱になる。
すっかりサイダーの気も抜けていた。
眠っていた5日の間、僕は会社を無断欠勤した。そのせいで解雇されることが決まったが、今はむしろ幸運だったと思う。とんでもないブラック企業であることが明るみに出たからだ。
たった5日で?
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