眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

テレビタックル

2019-09-10 03:26:37 | リトル・メルヘン
  猫がテレビにタックルした。
 アナウンサーは読みかけの原稿を置いて、カメラを睨みつけた。
「もううんざりです。どのニュースも伝えるまでもない。今入ってきたニュースなんて、もうニュースでさえない。こんなものは昼下がりの公園で暇を持て余した貴方たちが、おしゃべりの種にでもすればいい。ふん、ニュースだと。こいつのどこが、いったいニュースだ? ふん、こいつは個人の日記に毛が生えたようなもんだ。私が伝えるべきことじゃない。電波への裏切りだ。こちらからは以上です」
 
 とりつかれたように主人は四角い箱の中を見つめている。塩気の多いスナックと泡の入ったグラスを口にする以外は何もしない。ソファーの上でもう長い間固まって、魂を抜かれたように、絵空事を語る箱を向いている。遠い星からやってきた者たちは街に降りて、少しずつ少しずつ馴染みながら、少しずつ何かを奪い取っていく。選ぶ権利、恋する自由、奴らは少しずつ目の色を変えて、本性を見せ始める。
 
「もう、早くこっちを見て!」
 猫は、テレビにタックルした。
 どこか自分に似ているような、どこか自分とは離れているような存在を見つけた猫は、四角形の箱に釘付けになった。向こうからもこちらに興味を抱き、様子をうかがっている。初めて目にするものへの驚きと、どこか懐かしくもある容姿、猫は似て非なるものへ恋をしたのだった。向こうのものはどうだろう。確かめる手立てはいつも一つしかないことを、既に知っていた。猫は慎重に後ずさりした。それから十分に助走をつけて猛然とテレビにタックルした。そして一方的に傷ついた。住む世界が違うのだ、ということはまだ知らなかった。

 後先も考えずに猫がぶつかっているというのに、黙って見ていていいのだろうか。触発されたようにみんながテレビにタックルを浴びせ始めた。時を持て余していたニートが、散歩から帰ってきた老人が、鎖につながれていた子犬が、今まで傍観を続けていたみんなが、次々とタックルを試みるのだった。
「猫がするんだから」
 合い言葉を唱えながら、動物的な反撃が始まった。
 
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規制の銃

2019-09-06 02:15:56 | リトル・メルヘン
 秋の選挙が始まって朝から晩まで身を乗り出して鈴木鈴木と叫ぶ声が疎ましいので規制の銃をぶっ放してリフレインを規制した。鈴木は鈴木ばかりを繰り返すことができなくなって、スタッフの名を順に叫んでいる。デモ隊の列に規制の銃をぶっ放して、旗揚げを規制した。彼らは着ていたTシャツにメッセージを書いて、裸になって行進した。なかなかしぶとい連中だ。
 顔を合わせる度に上から説教してくるので、規制の銃をぶっ放してお説教を規制した。「人生の先輩としてのアドバイスだよ」言葉を差し替えて逃れようとする。「経験が足りないね」規制の銃をぶっ放す。「歳を取ればわかるよ」経験を、歳を規制する。「将来のことを考えないと」将来を規制する。「君のためを思って言ってるんだよ」もうたくさんだ。1つ1つ潰してもきりがない。規制の銃をぶっ放してコピペを規制した。これでもう何も言えないね。

 ドラマを見ているとハラハラするので、規制の銃をぶっ放して神の手オペを規制した。医師は無難なオペを確実に行うようになった。犯人がなかなか捕まらないので、規制の銃をぶっ放して捜査に規律を与えた。刑事をあだ名で呼ぶことを規制して、ちゃんと上の名で呼ぶようにした。聞き込み、尾行、張り込み、ありきたりな手法はすべて規制してやった。犯人の想像の上を行かなければ、お縄はちょうだいできないからだ。頭が痛くなるので、科学的な班はすべて解体させた。技術に頼らない人間ドラマを、心して待った。

 そこにもここにもアホがいるので、規制の銃をぶっ放してアホを規制した。一旦落ち着いて賢い人ばかりになったが、しばらく経つとその中の一部からアホが出現して悪さをするようになった。私はまた規制の銃をぶっ放した。そうして安らげる時間はいつもひと時の間にすぎなかった。規制の銃はいつまでも手放せない。「アホと言う奴がアホだ!」アホが捨て台詞を投げていった。アホは私の中にも存在するのかもしれない。私は自分を守るため、私に向かって規制の銃をぶっ放した。
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素麺流し

2019-08-28 07:53:00 | リトル・メルヘン
「来週入ってきます」
「えっ? 先週も確かそう言ってましたよね」
 素麺ブームは衰える気配がなく、どこの店に行っても一本の麺も残っていない。僕は入荷の日を楽しみに一週間を過ごしていた。昨日から何も食べずに足を運んだというのに。
「また来週お越しください」
 食欲が一気に失せた。素麺以外の何を食べろというのか。記録的暑さが体力を日々奪っているというのに、今は素麺以外にまるで関心がない。


「くそガキが。10年早いわ」
「いや100年だ。ガキに食わせる素麺はない!」
「まったくだ。氷でもかじっとけってな」
「ははは。こいつは俺たちのもんだ」
「時給950円の俺たちの報酬だ」
「当たり前だ。これくらいないとやってられるか」
「やっぱり夏はこれに限る」

「あっ、ガあ。お客様……」
「ん? 客?」
「何か?」
「トイレ貸してください」
「あー……。ないんです」
「えっ?」
「トイレはないんですよ」
「なるほど」
 密かに踏み込んだバックヤードに闇を見た。季節の風物詩は独占的に流されているのだ。僕はすぐさまカメラを起動して店員たちの悪事を撮影しておいた。もうどんな言い逃れも通用しない。

「はい」
「トイレはね」
「はい。ごめんなさい」
「何が?」
「はい?」
「何がごめんなさいなの?」
「ですから。トイレがですね」
「で?」
「で?」
「くそガキに何か言うことは?」
「えーと。いつからそこへ?」
「最初からいたよ」
「最初から……」
「先週くらいからかな」
「実はこの素麺ですね、今入ったとこでして……」
「今ね」
「はい」
「100年前じゃない?」
「お客様……。誠に申し訳ございません」
「うん」
「このことはどうか……」

「さあ、どうしようかな。僕はむしゃくしゃしてるんだよ。何かネットにアップしたいくらい。例えば流し素麺の動画とかだけどね」

「お客様。それはちょっと。よかったらこちらへどうぞ」
「そう?」
「ここ空いてますから。めんつゆも持ってきますから」
「食べてもいいの?」
「勿論。好きなだけお食べください」

「じゃあ、そうするか」
「ありがとうございます!」

「麦茶もあるかな?」
「はい。少々お待ちくださいませ!」
 
 この夏最初の素麺を僕はバックヤードで食べた。
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とりかえっこ

2019-08-27 03:16:47 | リトル・メルヘン
 昔々、街の中心に近いところに傷ついた鶴がいました。偶然にそこを通りかかった若者は、傷ついた羽を震わせ苦しそうな鶴を見つけて立ち止まりました。(助けなければ)若者は助けることを前提にして、念のためにその後のことも考えてみました。もしもこの鶴を助けたとして、鶴の傷が癒え、元気になったとして……。
 若者は助けた後の未来に想像を掘り下げながら立ち止まっていました。元気になった鶴が、突然家に押し掛けてくるかもしれない。部屋を一つ貸さなければならなくなるかもしれない。人間の振りをした鶴が、こっそり仕事を始めるかもしれない。うるさくて眠れないかもしれない。冷蔵庫を勝手に開けられるかもしれない。合い鍵を作らなければならないかもしれない。隣人に怪しまれるかもしれない。
「絶対に見ちゃ駄目」と言われるかもしれない。
 その時、自分はどうなってしまうだろう。(今のままじゃいられないよ)変わることへの不安、失うことへの不安が脳内を占め、若者はどうしても救助の一歩を踏み出すことができませんでした。自分でなくても……。その内にそのような思いが大きくなっていくのでした。
 人通りは多いのだし、途絶えることはないのだし、都会なのだし。もっと余裕のある人が助ければいい。間取りの広い家の人が助ければいい。ちゃんと秘密を守れる人が助ければいい。だから、それは自分以外の人間だ。きっとその方があの鶴にとっても幸福なことに違いない。そう結論づけて若者はその場を離れました。街の中心を離れ、自分の家とは真逆の方へ歩いていきました。
 
 ちょうどその頃、太郎さんは海辺で迷いながら一頭の亀を見ていました。亀はたくさんの若者たちに囲まれて、酷い仕打ちを受けているのでした。いったい亀は何をしたと言うのでしょう。(きっと何もしていないに違いない)寄ってたかっての攻撃にじっと耐え続ける亀の甲羅を見ていると何となくそのような感じがしたのでした。
 ゆっくりと太郎さんは哀れな(勇敢な)亀の元へ近づいていきました。罵声と笑い声がどんどん大きくなっていきます。
「助けなきゃ」そう思った瞬間、なぜか太郎さんの足は前進を止めてしまいました。助けることはできるだろうけど。太郎さんは助けるにしても、その後のことを考えてからでなければ動けませんでした。将来のことを見通してからでないと、一歩を踏み出すことは困難だったのです。
 乱暴者たちを追い払い、憂いの晴れた亀は元気を取り戻す。そして、亀はどうするのだろう。(とても義理堅い亀だったりしたら……)「どうぞ私の背中に乗って」と誘われるかもしれない。それはハニートラップかもしれない。甘い笑顔、甘い言葉、強引な甲羅に拒むことができないかもしれない。一度亀に乗ってしまうと、亀はぐんぐん進んでいくかもしれない。振り返らずに海の方へ向かっていくかもしれない。寒いかもしれない。冷たいかもしれない。息が苦しいかもしれない。ずっと家に帰れないかもしれない。深い深い場所できれいな人に出会うかもしれない。それは新しいハニートラップかもしれない。うれしいかもしれない。楽しいかもしれない。しあわせすぎるかもしれない。戻れないかもしれない。いつかは戻されるかもしれない。
 助けた後の風景に想いを巡らせながら、太郎さんは酷い仕打ちに耐える亀を見ていました。ずっと戻れなくなるかもしれない。ずっといたくなるかもしれない。いつかは戻されるかもしれない。そことここでは人生の重さが違うかもしれない。時間の長さが違うかもしれない。帰りはタクシーかもしれない。大層な贈り物を持たされるかもしれない。開けるなと言われるかもしれない。みんな変わっているかもしれない。知人も友人もいないかもしれない。知らない芸能人ばかりかもしれない。開けるしかなくなるかもしれない。煙に包まれるかもしれない。一瞬で老いてしまうかもしれない。
(酷いとばっちりだな)
 老いた自分の姿を想って、太郎さんは身震いしました。
(自分でなくても)太郎さんは突然そのように思い後退りしました。もっと武芸に秀でた者が、もっと権力を持った者が、あるいはもっと誘惑に強い者が助ければいいのでは……。その方がすべてが上手く収まり、あの亀にとってもきっと幸福なことに違いない。そう結論づけると太郎さんはくるりと回って歩き始めました。
 
 その時は納得したはずの結論でした。けれども、海辺から離れるに従って、太郎さんの胸の中には経験したことのない後悔の念がとめどなく押し寄せてくるのでした。(どうして歩みを止めてしまったのだろう)波の音も、あの亀の悲鳴ももうどこからも聞こえてはきませんでした。横断歩道の陽気なミュージックが途絶えて太郎さんははっとして走り出しました。街の中心まで来た時もうすっかり人影も途絶えていました。微かな風を聴いて足を止めると太郎さんは傷ついた羽を震わせ苦しんでいる鶴を見つけました。
「どうした?」
 太郎さんは一瞬もためらわずに鶴の元へと駆け寄ると傷ついた鶴を抱え上げました。
「もう大丈夫だよ」
 
 
 
 
 
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シャドー・ファイター

2019-07-29 23:24:00 | リトル・メルヘン
   誰にも会いたくなかった。
 俺は電灯の下で顔のない男と対していた。
 お前は俺の影。俺の繰り出すジャブもストレートも、お前には届かない。お前は俺ほどにしなやかで、俺にも増して素早い。何よりも従順な練習パートナーとなるだろう。
 俺が立つ限りお前は立ち、俺が倒れぬ限りお前も倒れないだろう。思えば俺の敵はお前だけなのかもしれないな。
 さあ、こちらから行くぞ!
 俺は強くなりたいんだ!
 俺は探りのパンチを繰り出す。フットワークを使い、お前との距離が常に適切であるように心がける。俺はコンビネーションを使い、お前を攪乱する。お前は容易に動じない。抜け目なく間合いを読んで、俺の変化に同調してみせる。先に乱れた方が負けだ。俺は引くべきところで引いて、もう一度動き直す。何度でも何度でも。それが俺のチャレンジだ。俺は自分からタオルは投げない。俺とお前の戦いは、世界に光と闇がある限り続くだろう。どうだ? お前からも打ってこい。度胸があるなら、お前からも打ってくるがいい。そうか。無理か。だったら俺から行くぜ。お前は永遠に俺を超えられまい。もしも超えられると言うのなら……。

 痛い!

 お前のパンチが俺にヒットした。
 (どうせまぐれ当たりだろう)
 それは思い過ごし、あるいは俺の自惚れだった。
 お前のパンチは俺よりも速く伸びしろがあった。
 徐々に正確に俺の顔面をとらえ始めたのだ。

 痛い! いてててて!

 おかしいな…… どうして俺ばかりが打たれるんだ。
 俺のパンチは一切当たらない。なのに打てば打つほどパンチは自分に返ってくる。俺は一方的にダメージを受けた。得意のカウンターは決まらない。俺はついにガードを下げ、一切パンチを出さなくなった。それでも俺の影は攻撃の手を緩めなかった。助けてくれ。俺が悪かった。何がとは言えない。だから許してくれ。(お前を甘くみたのが悪かったのかな)
 俺は命辛々に自分のジムまで逃げ帰った。


「誰にやられたんだ」
「ううっ」
「こてんぱんじゃねえか」
「会長……」

「おー、いったい誰に……」

「俺は自分にやられました」
「お前……」
「……」

「とうとう腕を上げやがったな!」
「何だよ。どういうこった」
「強くなりやがったな!」
「会長。どうして……」

「わかんねえのかよ」

「わかんねえ。俺にはさっぱりだ」

「お前はお前を超えちまったんだよ」

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うどんおばば

2019-07-26 03:47:39 | リトル・メルヘン

 

 がらがらと扉を開けると帽子の紳士が一人かけていた。私は店の中程に進み広いテーブル席の隅に座った。すぐにおばあさんがお茶を運んできた。
「今から茹でますと25分かかります」
 仕方ない。美味しいうどんのためなら私は待つことにした。お待ちくださいとおばあさんは店の奥へ姿を消した。間を置かず今度は少し若い女性がやってきた。
「今から茹でますので12分かかりますけど」
「あれっ。さっき別の方に言いましたが」
「えっ? 今は私だけですが」
「いやおばあさんが……」
 そんな人はいないと店の人は言った。
 私は中庭を眺めながらうどんを待った。生い茂る草の向こうに二段重ねの石蛙が覗いていた。おばあさんの運んできたお茶がよく冷えていてとても美味しい。
 15分経過。
 うどんはまだやってこない。
「ありがとうございます」
 帽子の紳士が席を立って帰って行く。
 
 
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モンキー・マジック

2019-07-24 16:08:02 | リトル・メルヘン
「なんでこんな星にしたんだよ」
「そうだ。もっとあったよね」
「さっきのでよかったじゃない」
「本当だ。よほどよかった」
「お前らな。だったらさっき言えよ」
「言いましたけどね」
「ちゃんと言えよ。ぼそぼそ言ってただろ」
 
「でも酷い星」
「何も得るものが見当たらない」
 流石にもう黙って聞いていられなかった。田舎だから自分たちしかいないと思っているのか。だが、ここは私の愛する街だ。もう隠れているのはやめた。
「お前らあんまり調子に乗んなよ」
「お前こそ何だ? 部外者は引っ込んでろ」
 
「はあ? お前らの方が部外者なんだよ」
「何だ、やるのか? 俺たちに手を出したら地球がなくなるぞ。わかってんのか?」
「これはプライドの問題なんだよ」
「それより君は人類、いいや地球生命のことを考えるべきでは?」
「人類のことなんて知らない。私は自分しか愛せないんだ」
 
「何こいつ、頭悪そうだな。やっちまえ!」
 私は覚えある空手を使って侵略者を懲らしめた。生身の彼らは口ほどになく弱かった。大人と子供以上の実力差がはっきりと見えた。とてもかなわないことを悟ると彼らは散り散りになり逃げながら詫びながら母船の中に逃げ込んでいった。
 
「二度と来るなよ!」
 UFOは離陸すると一瞬で空の彼方へ消えてった。幼稚な道徳に反して高度な科学を持っていることが推測される。
 一人だけ残されたボスの目がすかっかり死んでいた。私は荷造り用の紐できつく縛りつけて自宅へ連れ帰った。
 
「食べるか?」
 ボスはバナナを半分だけ食べた。
 翌日になり、私は人類の発展のためにボスをNASAに届け出た。
 
「これは猿ですよ」
 そう言われた瞬間、確かにボスは猿にしか見えなくなっていた。
(ここに来るまで宇宙人だったのに)
 そんなことを言ってももはや何の信憑性もない。言い続ければ私の立場が危うくなるばかりだ。
 仕方なく私はボスを動物園に連れて行った。
 バナナを食べる度に、ボスは猿らしさを増し、人懐っこい笑顔を見せるようになった。これなら、どこに行ってもすぐに馴染めるかもしれない。私の中にボスに対する親心などあるはずもなかったが。
 
「昨日までは宇宙人だったんですが」
 園長の前で、私は正直に打ち明けた。
 
「これはあなたのお母さんですよ!」
 私ははっとしてバナナを食べた。私も猿か。
 
 
 
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本当はスキップしたかった

2019-07-19 04:18:34 | リトル・メルヘン
最新のバージョンに
私をアップデートしてちょうだい
 
恒例の大型アップデートにかかる時間は
およそ150年
長いとは言えないがそう短くもない
その時、僕はここにいるだろうか
まるで想像もできなかった
 
どうしても必要なの?
 
何も言わずに頷いてみせる
君の未来志向に
逆らうことはできなかった
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メロンパン

2019-07-12 03:37:14 | リトル・メルヘン
素敵なカフェで素敵な詩が生まれるなら
僕はもう言葉なんて探さずに
ただ素敵なカフェだけ探して
歩いて行くことにしよう
 
ああ こんなところに
素敵なカフェがあったんだ
 
前を通るまでは気がつかなかったけど
地図にも口コミサイトにもまだ
載っていないけど
ああ こんなところにあったんだ
 
いらっしゃいませ
お好きな席へどうぞ
 
「ここはメロンパンが特におすすめなの」
 
確かにそうだった
横断歩道を渡ってくる前から
何かいい匂いがずっと漂っていたものだ
 
そうして僕はいまここにいる
 
「コーヒーをください」
 
テーブルの上にpomeraを開いて
 
僕は「メロンパン」と打ち込んだ
 
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チャララララ

2019-07-10 19:07:16 | リトル・メルヘン
あのメロディーが聞こえてくると
みんなたまらず飛び出してくる
チャララララ
 
宿題も家事も放り投げて
絵を描く者は筆を置いて
争う者は拳を置いて
五段も七段も指し手を止めて
「一旦封じます」
 
チャララララ
対局室からアトリエから
地下街から屋上から
オフィスからビルの中から
トンネルから山の上から
町の外からまでも
 
チャララララ
 
吸い寄せられた人々に取り囲まれて
車は動きを止めた
降りてきた大統領が
みんなの注文に応える
 
チャララララ
 
チャンポン!
 
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踏切の向こう側

2019-07-09 00:51:45 | リトル・メルヘン
 生きていく上では忘れてはいけないことがいくつもある。
 挨拶をすること。まあ、いいや。後で返そう。呑気に構えている内にどんどん人々が去って行く。気がついた時には自分だけになっている。
 さよなら。言える時に言っておかないと後からでは言えなくなる。忘れないように……。そう心がけていても、やっぱり忘れてしまうことがある。
 
 鍵をかける。これは基本的なことだ。
 家を出る時には、他にも忘れてはいけない基本的なことがいくつもある。
 テレビを消すこと。
 誰もいない部屋の中で誰かがだらだらと話をしていたら、それはテレビがついているのだ。何となくつけたテレビを消し忘れてはいけない。
 洗濯機の中は空っぽか。
 回転を終えた時に洗濯機の仕事は終わる。その後は人間のすべきことだ。
 人間の仕事は人間がする。それは基本的なことだ。
 真冬にシャツ一枚で呑気に過ごしている時は、部屋のエアコンが働いていることだろう。静けさに気を緩めてスイッチを切るのを忘れてはいけない。
 オーブントースターの中は大丈夫か。
 久しぶりに扉を開けてみたらいつかのトーストが固まった姿で見つかった記憶が脳裏をかすめた。ついに交代のカードが切られることなくベンチを温め続けた選手の気持ちが、トーストにはわかるだろう。そのようなことがあってはいけない。
 私はコートを羽織り家を出た。
 鍵をかける。
 ちゃんとかけたか確かめる途中で鍵が回り開いてしまう。
 そして、もう一度鍵をかけ直す。鍵は完全にかけられた。
 
(何かを忘れているような気がする)
 そのような幻想も、忘れなければいけないものの一つに数えられる。
 
 夢をみること。それは生きていく上でとても重要なこと。
 現在がどれほど困難に満ちた状態に置かれていたとしても、夢という現在の向こう側、あるいは現実とは切り離された全く別の次元を持っているということは、どれだけ心強いことだろう。今が闇に沈んでも、夢では輝くこともできる。
 夢の中では故郷の空中都市がテレビのニュースで取り上げられている。今では雲より高く突き抜けて何を目指しているかは窺えないけれど、しばらく帰っていない間に驚くことになっている。もう亡くなった人が一緒にいて意見を求めたりする。生きている人も出てくるので、実際には誰が今どうなっているのか、目覚めた後で混乱もある。
 残り夢の中の住人たちは、日常の誰よりもずっと近くに感じる。
 
 いくつもの基本によって、今の自分は生かされている。
 
 
 路上に出て見知らぬ人々とすれ違いながら、私は鍵をかけてきたことを思い出しては気持ちを強く持つ。
 赤い点滅、遮断機がゆっくりと下りる。
 急ぐ者は誰一人いない。
 ジャリジャリと鍵はポケットの奥で存在を示した。
 大丈夫。何も心配ない。
 長い列車が通り過ぎる。
 乗客は皆、手の中の切符に目を落とし安心していた。
 遮断機が音もなく上がる。踏切の向こうにハルが待っていた。
 
「遅かったね」
 犬はあきれるような目で私を見上げた。
 おもむろに立ち上がると身を振って待ちくたびれた埃を落とした。
「さあ行こうか」
 
 
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おじいさんと雨

2019-07-02 00:46:32 | リトル・メルヘン
 本当は早く終わってほしかった。
 おじいさんの話を聞きながら、僕は雨が心配だった。
 朝のお天気おねえさんが言っていた通りに、雲は今まさに頭上に集まりつつあった。おじいさんはとても楽しそうだ。たいした相槌も返せないけれど、おじいさんはどんどん話を前に進めた。僕はただ静かに話がきりのいいところまで行って落ち着くのを待った。
 
(それではまた)
 別れの言葉をポケットの中で温めていた。もうそろそろ話は出尽くしたようだ。おじいさんの声もゆっくり着地に向かっているように思えた。
 
「けどね…」
 おじいさんは自らの話を引き継いで話し続けた。
 終わったようで終わっていない。
 魔法のけどねを唱えると話のゾンビが復活して、再び活発に動き始めた。
 おじいさんは少しも雲の流れを気にする様子はない。久しぶりに釣れた魚を出迎えるように、全身を使いながら語っている。
「けどね」ゾンビは何度でも復活した。おじいさんは話が好きだ。
 
(それではまた)
 さよならはポケットの中で飛び出していくチャンスを見送り続けるしかなかった。
 いよいよ雨が心配になった。
 おじいさんは益々脂がのってきた。
 これが最後の話だとでもいうように一切を出し惜しみしなかった。
 おじいさんは少し昔の話をした。少し腰の痛い話、元気な孫の話、世知辛い世の中の話をした。それから少し僕のことを気にかけた。
 
 終わらない話の中で雨は降り始めた。
 おじいさんの顔が濡れているけれど、相変わらず楽しそうだ。
 僕は傘を開き、傘の下で話を聞いた。
 雨が傘の上で弾けておじいさんの声に交じった。時々おじいさんの声が途切れた。見えない隙間を想像と努力で埋めた。ようやくおじいさんも傘を開いた。傘の下で楽しそうに話している。
 雨粒が大きくなって傘を打ちつけた。おじいさんは平気な顔で話し続ける。
 時々おじいさんは笑った。きっとそれは楽しい部分なのだ。合わせて僕も笑う。
 
 風を伴って雨はどんどん激しくなって行く。
 もう、ほとんど話は見えなくなってしまった。
 雨は冷たい打ち消し線だ。
 その向こう側でおじいさんの口は開き、舌が高速で回転している。
 純粋な雨音の中に、時々擬音のようなものが入り交じった。
 一つも伝わっていないのにまるで平気なおじいさん。おじいさんの口元を見ているとだんだん楽しくなってきて僕は笑った。
 
 やっぱり、おじいさんは話が好きだ。
 雨に負けずに、おじいさんも笑った。
 
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Eメール

2019-06-26 02:35:59 | リトル・メルヘン
待ちに待ったワールドカップがまもなくはじまります。優勝候補ニッポンの初戦は格下のブラジル。ですが安易なモチベーションで入ると足下をすくわれるかも。油断は大敵です。
眠れない夜に備えて、今夜は早く寝ます。また少し剣玉がブームです。
地球は相変わらずこんな感じです。
そちらはどうですか?
 
懐かしいふるさとの友からEメールが届いた。
ワールドカップが開かれるとは、地球もすっかり平和を取り戻したようだ。
 
こちら相変わらずです。手に負えない魔物が毎日暴れています……。
 
私は隠れ家の廃墟に身を潜めながらキーボードを叩いた。
卵形の赤い地球が淡く瞬いて見えた。
これが最後のEメールになるかもしれない。
 
元気で……。
 
 
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犯人ルーム

2019-06-25 00:36:36 | リトル・メルヘン
 犯人像を追って私たちは犯人の部屋まで入り込むことに成功した。
 そこは一見してどこにでもあるような普通の部屋だった。だが、よくよく観察する内に様々な疑問が浮かび上がってくる。
 水玉模様の青いカーテンが引かれていた。犯人はこれで世界を丸ごと包み込もうとしたのだろうか。
 テーブルの上に無造作に置かれた国語辞典を手に取ってみた。犯人はこれでどんな単語を引いたというのだろうか。耳を当ててみたところで国語辞典は何も答えない。
 床に置かれた無数のハンガーが犯人の日常を物語っている。同じ服ばかり着ているのでは飽きてしまう。
 飽きっぽい性格はぽつんと残されたリモコンからも容易に想像することができる。ドラマ、ニュース、スポーツ中継、バラエティー、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメ、ドラマ、ライブ、ドラマ、ショップチャンネル。犯人はそうして次々とチャンネルを変えていった。
 
(何でもよかった)
 
 そこに現れる映像ならば何でもお構いなし。そのような手の動きがまだリモコンの上に刻まれている。
 不機嫌に俯いたままの電気スタンドの向こう。タコ足配線だ。駄目だとわかっていてもやってしまう。犯人の意志の弱さがこんなところからも顔を出す。
 散らばったマンガの先にプレイステーション。その奥には昨日遊んだようにオセロゲームがそのままの形で保存されている。犯人はどこで白から黒へひっくり返ってしまったのだろう。部屋の四隅はその答えを何も持たない。
 爪切りの横に小さな鼻毛切り鋏が寄り添うように並んでいる。
(私たちはいつも一緒)
 犯人はこれで鼻毛の手入れをしていたというのだろうか。まるで私たちが日常的にそうするように。
 瞬間、私は距離感を失って犯人の部屋の中でバランスを失い転倒してしまう。
 一足ごとに几帳面に束ねられた靴下が部屋のあちらこちらに散乱している。それと同じほどの数のノートがやはり部屋中に放り出されており、枕元にはそれとは別に膨大な数のノートが積み上げられている。
 私はその中にある一冊をふらふらと手に取った。ページを開いた時、私は自分の軽率な行動を深く後悔することになる。
 
「なんて素敵な詩だ!」
 
 それは神さまへ向けたラブレターか。内容について一切触れることはできない。しかし、そこにあるのは読むほどに深く引き込まれてしまうような悪魔的な魅力だ。
 ここにきて犯人像が根底から覆されてしまう。作品と作者の間にある溝に入り込んでまるで身動きができない。そこから抜け出すまで半日を待たねばならなかった。
 まるで脈絡もなく収まっているように見える本のタイトルの中には海外のファンタジー小説も含まれている。
 冷蔵庫は昨日見た幽霊のように白い。
 重々しい形状の電子レンジ。犯人はこれでいったい何をチンしていたのだろう。
 
 その時、私は急な寒気に襲われて部屋から飛び出した。
 
 犯人は元少年でごく普通の人間の父と母の間にできた模様だ。
 
 残された部屋が犯人のすべてを実に雄弁に語っている。
 だが、そのほとんどは空耳にすぎない。
 私は部屋を出て数歩歩く内に変わりつつある自分に気がついた。
 少なくとも、今の私は何を信じてよいかわからない。
 
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フレンド・オブ・ベスト・フレンド

2019-06-19 16:34:20 | リトル・メルヘン
「もう動けないよ」
「動かないで」
「もう何の力にもなれない」
「大丈夫。ここにいて。僕が最高のクロスをあげるから」
 
「えっ?」
 
「君は合わせるだけでいい。ね。いい?」
「無理だよ。オフサイドになるだけだよ」
「心配ない」
「線審を欺くことなんてできないよ」
「ディフェンスを一人つけていくから」
 
「えっ?」
 
「こいつさ。こいつは仲間だ」
「じゃあ。ここで待っていて」
 
 
 
 
「君はいったい誰?」
「しーっ。話さないで」
 
「いつも君の後ろにいるよ」
「わかった」
 
「僕は友達の友達さ」
 
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