10対0でチェスカが圧勝したか、革命についての記事は新聞の片隅で地味に報道されるだけだった。年中寒いけれど、まだ自然がいっぱい残っている。水の都。町を外側から見てみれば、町の縁からあふれる水が今も流れ落ちて、一年中しぶきを上げている。それがそのまま湖まで続いていて、壮大な景観を作っていた。
「この町もロシアになるのか」
予兆は三千年前まで遡る。当時を振り返りつつ、資料館へ向かう。ちょうど二年前、ステーション放送開始の前もここを訪れてたのだ。小雨が降っている。
「どうして名簿がない!」
どれだけの人が来たかわからないと記者は言った。今日から作っても……。昨日までの人、昔来た人、たどってもたどっても、もうどうしようもないんだ! 館の怠慢だといって責めた。
「ランチはどこで?」
山仕事に来ていた。中ほどにレストランがあると言われて、信じた。探していると夜になって、僕らは山頂にあるマクドナルドまで来ていたのだ。時間がない。
「いいや、時間は作るものだ」
そう言って先輩は資料を開いた。
流石だと思った。注文したものが来るまでカウンターでノートを広げて集中した。こうした短い時間に集中したことの積み重ねが、やがて大きな山を動かすに違いない。山というイメージが気に入って、周りの雑音も気にならないくらいに集中して、時の経つのも忘れた。結局、食べ物は何も運ばれてこなかった。
「あー食べた食べた」
と先輩が言うので、そーですねーと仕方なく先輩に合わせ、お腹を叩いてみた。空しい音。ドリンクをおかわりしようかと思ったが、思ったのはカップを捨ててしまった後だったので、もうそれもできなかった。何もかもうまくいかないなと思っていると突然店の電気が消えた。
「もう閉店か?」
誰かが言った。
「ロシアンタイムか?」
「どうしてくれるの?」
暗闇の中から女が現れて迫った。
「こんなになって、どうしてくれるの?」
もうこんなになったのだから、結婚しなければいけないのか。好きなのだろうか? 小言を言うのだろうか?
こうなる前は親しかったのだろうか? 試しに一夜を共にしてみると女の朝が早いので、とても不安になった。好きなの? 早いの? いつも小言が多いの? 僕は好きなの?
「脚が細くなった」
と女は言って、かつての写真と並べて脚を突き出して見せた。細い……。確かに、腿の辺りなど、かなり細くなっているようだった。
「細くなったね」
細くて綺麗だった。細くなったから、もう結婚しないといけないのかもしれない。
「どうしてくれるの?」
もう一度女は言った。
チェスカの蹴ったボールが転々として、小川に落ちて流れていったので、飛び出していって追いかけた。
「どうせ無理だろ」
みんなが馬鹿にするように言った。わからないぞ。水の流れが速くても、どこかで引っかかって止まるかもしれない。無理だと決め付けるから無理なんだぞ。すぐに帰ってくると一人が言った。取ってくるのかと誰かが期待を持って訊くが、取って戻ってくるんじゃなくて、すぐにあきらめて帰ってくるんだぞという答えにみんなが湧いている。何がおかしいのだ。覚えていろよ。何を持って戻ってくるか、よく見ておけよ。
下流にまで下りて行くと昔住んでいた家の近所まで来ていた。
「新しい水道がまた見つかったよ」
カラオケの導入に伴って地下を掘っているのだという。どんどん掘っていく内に、昔使っていた水道が次々と見つかっているのだという。作業が忙しいためか、母は生き生きとして見え、前に見た時よりも若返っているようだった。
「蛇だ!」
僕は叫んだ。
「どこ?」
母の手にあるのは蛇だった。巨大な蛇。ハンマーのような頭を母は平気な顔をして持っていた。黒さの中に緑掛かった深い汚れがついている。汚れの中で、蛇はまだ目覚めないでいた。
「この町もロシアになるのか」
予兆は三千年前まで遡る。当時を振り返りつつ、資料館へ向かう。ちょうど二年前、ステーション放送開始の前もここを訪れてたのだ。小雨が降っている。
「どうして名簿がない!」
どれだけの人が来たかわからないと記者は言った。今日から作っても……。昨日までの人、昔来た人、たどってもたどっても、もうどうしようもないんだ! 館の怠慢だといって責めた。
「ランチはどこで?」
山仕事に来ていた。中ほどにレストランがあると言われて、信じた。探していると夜になって、僕らは山頂にあるマクドナルドまで来ていたのだ。時間がない。
「いいや、時間は作るものだ」
そう言って先輩は資料を開いた。
流石だと思った。注文したものが来るまでカウンターでノートを広げて集中した。こうした短い時間に集中したことの積み重ねが、やがて大きな山を動かすに違いない。山というイメージが気に入って、周りの雑音も気にならないくらいに集中して、時の経つのも忘れた。結局、食べ物は何も運ばれてこなかった。
「あー食べた食べた」
と先輩が言うので、そーですねーと仕方なく先輩に合わせ、お腹を叩いてみた。空しい音。ドリンクをおかわりしようかと思ったが、思ったのはカップを捨ててしまった後だったので、もうそれもできなかった。何もかもうまくいかないなと思っていると突然店の電気が消えた。
「もう閉店か?」
誰かが言った。
「ロシアンタイムか?」
「どうしてくれるの?」
暗闇の中から女が現れて迫った。
「こんなになって、どうしてくれるの?」
もうこんなになったのだから、結婚しなければいけないのか。好きなのだろうか? 小言を言うのだろうか?
こうなる前は親しかったのだろうか? 試しに一夜を共にしてみると女の朝が早いので、とても不安になった。好きなの? 早いの? いつも小言が多いの? 僕は好きなの?
「脚が細くなった」
と女は言って、かつての写真と並べて脚を突き出して見せた。細い……。確かに、腿の辺りなど、かなり細くなっているようだった。
「細くなったね」
細くて綺麗だった。細くなったから、もう結婚しないといけないのかもしれない。
「どうしてくれるの?」
もう一度女は言った。
チェスカの蹴ったボールが転々として、小川に落ちて流れていったので、飛び出していって追いかけた。
「どうせ無理だろ」
みんなが馬鹿にするように言った。わからないぞ。水の流れが速くても、どこかで引っかかって止まるかもしれない。無理だと決め付けるから無理なんだぞ。すぐに帰ってくると一人が言った。取ってくるのかと誰かが期待を持って訊くが、取って戻ってくるんじゃなくて、すぐにあきらめて帰ってくるんだぞという答えにみんなが湧いている。何がおかしいのだ。覚えていろよ。何を持って戻ってくるか、よく見ておけよ。
下流にまで下りて行くと昔住んでいた家の近所まで来ていた。
「新しい水道がまた見つかったよ」
カラオケの導入に伴って地下を掘っているのだという。どんどん掘っていく内に、昔使っていた水道が次々と見つかっているのだという。作業が忙しいためか、母は生き生きとして見え、前に見た時よりも若返っているようだった。
「蛇だ!」
僕は叫んだ。
「どこ?」
母の手にあるのは蛇だった。巨大な蛇。ハンマーのような頭を母は平気な顔をして持っていた。黒さの中に緑掛かった深い汚れがついている。汚れの中で、蛇はまだ目覚めないでいた。