眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

After KISS

2013-03-22 01:04:21 | 夢追い
 学級委員が選抜メンバーを発表する。嫌な予感がする。
「まずはやはり……」
 そして僕の名が呼ばれる。何がやはりなのだ。名前に逆らうことはできず、前に進み出る。精一杯、平気なような顔を保ちながら、順に名が呼ばれて男女が出揃うまで待っていなければならなかった。時々、冷やかしの声や悲鳴に近い歓声が上がるが、こちらの知ったことではない。既に呼ばれてしまった後では、もう自分のことだけ心配しなければならなかったのだから。
「好きだよ」
 トップバッターはそう言って女子に駆け寄るとキスをした。ああ、あんな台詞を言わなければならないのか。(好きでもないだろうに)。あんな台詞だけは言いたくなかった。いずれにしても、何かを言うようだ。そういう流れができてしまっていた。みんな、何かを言っては、駆け寄っていくのだ。キスはもう仕方がないとしても、台詞のことを考えていると微かに自分の足が震え始めているのがわかった。何事もなくことは進んで最後に僕の番がやってきた。窓の外を見たが、期待したように翼竜は入ってはこなかった。
 彼女はすぐ近くにいて背中を向けていた。その首筋を見つめていると不思議なことに自分が急激に落ち着きを取り戻していくのがわかった。彼女が振り向く。その距離なら台詞は必要なかった。
「お願いします」
 彼女にだけ届く小さな声で言った。顔を近づけた。唇と唇が近づいて重なった。周りは関係なくなった。2秒あるいは3秒そうしてわかれた。さわやかな感触と充実感に満たされて自分の席に戻った。彼女は隣の席に座っていた。
 もうクラスは替わったのだった。新しい時間割を手にして眺めていた。次はS3に向かわなければならない。教科は「空」だった。机の中から教科書を探したが、適当なものが見つからなかった。
「何も持っていかなくていいよ」
 親切に誰かが教えてくれる。楽な授業だと思った。そして、すぐに不安になった。

 足跡をつけるようにシューズが並んでいた。いつの間にかみんなは選び終えていて僕だけ遅れをとっていた。48と表示されたものから順に眺めていた。
「何をしている?」
 新しい先生が言った。おまえのはそんな大きくないだろうという嫌な感じだった。
「これはセンチですか?」
「そうだ」
 そんなのは当たり前だろうという嫌な感じが含まれていた。順に数字を下ってみたがちょうどいいところは抜けていた。20.5がない。
「前はあったのだけど?」
 子供が首をひねりながら答えた。
「先生靴がありません!」
 無理をすればそれより大きいのでも小さいのでも入るのだけど、ちょうどではなかった。無理をすれば……。
「やめておけ」
 どうせ後で買うことになって損だからやめておけと言った。今のままの靴でいいじゃないかと言う。言われてみれば今履いている靴とここに並んでいる靴に大差はないのだった。何か貴重な時間を無駄にしたような気分になった。
 君はあれだなと先生は言った。
「苦しくないのかね?」
 僕の鼻を指して言った。どういう意味で言っているのか、初対面にしては露骨で嫌な感じだった。
「フィジカル的に?」
 痛いとかそういうこと?
「そうじゃなくて、人が見たり、言ったりするだろう」
 そう言う先生の鼻も数センチに渡って血の塊がついているのが見えた。
「先生だって」
「いや、これはたいしたことはない」
 そう言うのでもう先生の鼻について触れることはやめにして、自分のことについて言おうとした。
 宇宙の広さに比べれば僕の鼻についての様々なことは……、最初の頃どうだったかは忘れたけれど……、みんな優しいから……、色々と言いたいことがあったけれど、迷っている内に時間切れになってしまった。バスが出発した。

 長い旅が続きバスは時間や国や様々な境目を越えて進んだ。途中、運転手は男になったり女になったり鬼になったり悪魔になったりした。時には象がハンドルを握ることもあったが、その運転技術は誰よりも確かだった。数日が過ぎて、ついに休憩時間に入ると空き地の中でバスが解体される。歴代の運転手は記念カードとなってコーラと一緒に配布された。
 タイヤを枕にしながら少し休んだ。
「あの鼻がね……」
 もしもあの後、彼女がそんな風に友達に僕とのことを話していたとしたら……。そう考えるとかなしくなった。数秒間の出来事も、まるで意味が変わってしまう。鼻に触れてみた。触れながら、眠くなる。あの時と同じ鼻。彼女に最も近づいた時と同じ鼻。
 指を離すと指先に赤い血がついていた。

 寝たら駄目だぞ。NHK4時間スペシャルの予告編、剣を交える音が眠りを誘ってくる。寝たら駄目だぞ。もう1部は終わっていて、割り込んできたニュースが各地の催し物の様子を伝える。林檎祭りでは、今年の猫に因んで盛大に桜が打ち上げられて、風物詩が鍋を囲みました。寝たら最後はスペシャルの中に取り込まれてしまう。誰かがドアを叩いて回っている。足音が過ぎ去るのを確かめてから建物の外に出た。ギターの音。
 ギタリストが音を調節しているのだった。トラックにはたくさんの生活用品と一緒に機材が積まれ、今は貼り紙が貼られたところだ。
『ここでの映像は錯覚です。必ず1週間後に撤去しますので。』
 支援者が2人やってきて、あの曲をやれやれと熱心に勧める途中で弦が切れてしまった。
「服くらい着ないとな」
 そう言って1人がTシャツを広げた。
「50円」
「引き落としじゃ駄目?」
「駄目です!」
 支援者はきっぱりと言った。
 小銭を手渡してギタリストはTシャツに袖を通した。
 既に肩の部分が破れていて、胸には赤い「KISS」が滲んでいた。

コメント
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