眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

リッピング 

2013-05-28 21:51:56 | 夢追い
 水道の蛇口が床下からひょっこりと伸びている。どうしてこれがトイレなのか? そのつもりで今から用を済ませようとしているところに、2人は体育館の中に入ってきた。もう済んだということにして離れたかったが、そうだとすると床に流れる痕跡がなければ道理が通らなかった。その点が近代のトイレと大きく事情の異なるところだった。床から伸びる1つの蛇口のことを、後から来た2人もトイレと認めているようだった。さりげなく蛇口の前を離れると、後から来た者も気遣いを見せて「どうぞ」という仕草をした。もう済んだということにできなければ、ただ単に遊んでいる人という話にはならないのだろうか。
(遊ぶには何もなさすぎる)
 僕はどこまでもトイレの人だった。トイレの前に立ち、トイレの前から離れたのだ。
「出ない」
 何もうまい言葉が出ず、ただ素朴な事実だけが口から出た。
 彼らが去った後、僕はもう1度その蛇口の前に立つだろう。
 しかし、どうしてこれがトイレだろう。自分が認め、彼らがそれを認めたからといってそれは正しいことになるのだろうか。彼らは僕の誤認の後を、一緒に誤って歩いただけなのではないか。そうだとするとこれは共同幻想に過ぎない。
 次の瞬間、正しい勢力が入ってきて、彼らのことを笑うのかもしれない。その時、僕の立場はどこにあるのだろう。
 ちょろちょろと透明なものが流れて、床を這い広がって行く。
 

 聴いたことのない曲が流れた。いいなと思っていると更に知らない曲が続き、そのどれもが魅力的なので胸が躍るような心持になった。
「これ焼けるの?」
「できるよ」
 この弁当箱に入れればいいと友達は言ってくれた。
「今から買ってくるよ!」
 焼いてもらう上に弁当箱までもらうのは心苦しかった。日は暮れているけれど、まだ時間はあると思った。3足靴下を持たせてくれた友達が外まで見送りについてきてくれた。それを店の中の他の商品にこっそり混ぜてレジまで持っていくのだ。友達が何かを伝えようとする声が、交差点を行き来する車の音にかき消されてしまう。少し後戻りして聞いた。
「大丈夫だよ」
 ありがとう。きっとうまくいくだろう。すぐに新しい弁当箱を買って戻るだろう。
 3足靴下を混ぜられる店はなかなか見つからなかった。種類が異なったり、システムが合わなかったり、人が少なすぎたりしたのだ。時間ばかりが過ぎていき、もうその先に希望はなくなった。
(もう店はないな……)
 自分で言い出しておいて、帰路に着くのはつらかった。友達の家が近づくにつれ、千の靴下が両腿に巻きついているような気がした。

 2階倉庫に3足靴下をぶら下げた。
「まだ未清算のです」
 問われる前に先手を打った。
「平然と言うが、これは不正になります」
 検査官の態度は冷静なもので、先手を打ったくらいでどうにかなるものでもなかった。元はというとすべて僕が素直ではなかったせいだった。友達の好意に最初から素直に甘えていればこんなことにはならなかったのだ。できもしない提案をして、友達を面倒なことに巻き込んでしまったのだ。すべては僕が、すべて……。
「僕がすべて悪いんです!」
 2階に上がってきた友達が言った。どこまでもいい奴なのだった。
「その通り!」
「黙って!」
 父がどこからともなく入ってきたので、すぐさま口を封じる。
「僕が悪かったんです」
 新しく3足靴下を出してもらう必要もなかったのだ。洋服箪笥の左下には、新しくはなくても、十分に履くことができる靴下がぎっしりと詰まっていることを僕は知っていたし、知っていながら、友達の優しさに甘えてしまったのだ。何から何まで僕が悪かった。
「もう片付けたよ」
 左下の靴下の類はもうとっくに片付けたと友達は言った。
「それはそうか……」
 左下に靴下を入れていた時代、つまり僕がこの家で暮らしていた時代は遥か昔のことだったのだ。
「そのままだったら気持ち悪いよ」
 僕は笑い、友達も笑い、検査官も笑ったので、これでお咎めなしということになった。
「もめないようにな」
 まとめるように父が言った。
 僕らは何も答えずに、階段を下りた。

コメント
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