眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

クリスマスピロー

2014-01-14 00:51:03 | クリスマスの折句
 先日、通い慣れた道を歩いておりますと心地よい調べに誘われて、足が自然と心地よい調べの方に歩いていきました。道端のピアニストは心地よい調べを武器にたくさんの聴き手を集め、散歩途中の愛犬家や取引先に向かう営業マンや買い物帰りに買い物袋を抱えた奥様方をみな虜にしているのでした。ピアニストは熱演の後、1曲毎にその指を止めしばし瞑想に耽るように無になっていました。盛大な拍手が鳴り止んだ後も、しぱらくの間、ピアニストはじっとして動かないままでした。その間も、人々は辛抱強く足を止め、次の演奏が始まるのを楽しみに待っているようでした。大勢の聴き手に交じって、私も長い間足を止めて、心地よい調べに聴き入っていました。長い長い1曲が終わり、いつものようにピアニストは指を止め目を閉じて動かなくなりました。拍手が終わって、随分と長い時間が経ってもピアニストは動きませんでした。
(これが本当の終わりなのかもしれない)
 無言の会話が人々の間を駆け抜ける頃、ついに1人の聴き手がその立場を放棄して去っていきました。続けて1人、もう1人、一度流れができるともう止まりませんでした。人々は突然、日常に目覚め、自らの義務を思い出したようでした。私はまだ疑い深く、まだ残る数人に交じって目を閉じて、もう少しもう少しと待ち続けていました。余韻が余韻から離れて静寂へと帰って行きます。私は立ったまま眠りに落ちました。夢の中でピアニストは海を渡り、猛獣使いになりました。再び目を開いた時、辺りには誰もいませんでした。
 けれども、ピアニストが忘れていった音符の1つが、鉄柱に巻きついて、夜風を受けてそよいでいました。
「みんなもういったよ」
 音符は言いました。とっくの昔に、いってしまった。
 聴き手がみんな立ち去ってから、ピアニストも行ってしまった。あるいは、ピアニストが立ち去って、聴き手もみんな去ってしまった。どちらが正解なのか、私にはわかりませんでした。そして、みんなというのは調べのことなのかもしれませんでした。
「きみはいかないの?」
 私は訊き返しました。
「どこにもいかないよ」
 小さな体を夜に向かって伸ばしながら、音符は答えました。
「まっているだけ」
 一段と強い風、体が何かあたたかいものを欲している……。
 何か、何か、そう考えていると次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

苦とともに
リトライをした
数年も
枕の上に
睡魔はこない

 ほんのひと時、あたたかい感触を置くと歌はすぐに道の向こうに去っていきました。

コメント
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