「今度はヘディングでいくよ!」
ボールを持って再びゴールから離れる。無人のゴールでも、外してしまうことはあるけれど、決まったとしてもどこか味気なくもある。その点、キーパー1人いれば、話はまるで違ってくる。全くキーパー1人が前に立っているというだけで、ゴールはどうしてこんなにも小さくなってしまうのか。どれだけゴールを決めることが複雑で、難易度の高いものになってしまうことか。そして、ゴールを決めた時の喜びが、何倍にも何倍にも増すことか! ゴールが決まった時に、キーパーが少しくやしそうに笑う時の顔が好きだった。全く、キーパー1人いれば、朝から晩まで、春から夏まで、子供から大人まで、いつだって、いつまでも、永遠に遊び続けることができるのに……。だいたい期待はいつもふっと裏切られて、キーパーは家族や大事な誰かに呼ばれたり、家族や複雑な事情が絡まって遠くに引っ越していってしまうのだ。
振り返った時には、やっぱりキーパーはいなくて、無人のゴールが風を食べながら膨らんでいた。
「1対1の力なんだよ。足元の技術なんだよ。ボールを懐に入れたら、厳しく冷たく自分のものにし続けるんだよ。保持する力は、奪取する力にもなるんだよ。激しさが足りないね。君はすぐに寝ちゃうからね。もっと激しくないと駄目だろうよ。1度ギャラクシーの練習に顔を出しなさい」とコーチは持論を述べて、山岳の秘密特訓に招き入れたのだった。
頭からドリブルだと思っていたのだが、案外メニューは動きながらのパス交換から始まった。止めて、蹴る。基本が大事。蹴る時は大きな声で hola!と声を出すように!
「hola!」
日本語で大声を出すのは恥ずかしかったが、横文字だということで、気楽に声を出すことができた。止めて、蹴って、走る。厳しい山岳地帯の中で、素早くポジションを変更しながら、パスを交換する。転ばないことにも細心の注意が必要。
「hola!」
「hola!」
「hola!」
「hola!」
順調につながっていたが、逆に調子に乗りすぎて、動きが先走ってしまった。自分のところにパスが届く前に、次のポジションに走り出してしまったのだ。遅れて届くパスの受け手は、誰もいない。岩の間を縫って、ルールを失ったボールが転がっていく。戻らなければ。責任を持って、戻らなければ……。
「大胆な猿がいるぞ!」
誰かが山を見上げながら叫んだ。賑やかな特訓に、興味を持って下りてきているのかもしれない。逃げていくボールを追っていくと、まだ手乗りサイズの小さな猿が地面を歩いていた。カブトムシのように小さい体で、目はぱっちりと開いて顔から突き出ているように見えた。不規則に跳ねるボールと手乗りの猿に注意が分散されて、気づくと小さな岩に足を取られてしまった。咄嗟に手をついて、全身をかばった。大丈夫、骨は折れていない。
気がつくと、青年の猿が目の前に立っていた。
「何を磨いているんだ? こんなところで」
「個の力です」
今度はこちらが質問する番だったが、言葉に詰まった。
「あなたはなんて素敵なんだ!」
猿の方から沈黙を破って言った。
「立派な猿になることを目指しています!」
さわやかに青年の猿は続けた。
それはそれは。(誠によい心がけ)
また会う日まで。
話も済んだし、立ち上がろうとしたが、体が岩のように重たかった。
青年の猿も、直立したまま傍を離れなかった。
そして、山の流儀と言わんばかりに大量のおしっこを浴びせてきた。
ボールを持って再びゴールから離れる。無人のゴールでも、外してしまうことはあるけれど、決まったとしてもどこか味気なくもある。その点、キーパー1人いれば、話はまるで違ってくる。全くキーパー1人が前に立っているというだけで、ゴールはどうしてこんなにも小さくなってしまうのか。どれだけゴールを決めることが複雑で、難易度の高いものになってしまうことか。そして、ゴールを決めた時の喜びが、何倍にも何倍にも増すことか! ゴールが決まった時に、キーパーが少しくやしそうに笑う時の顔が好きだった。全く、キーパー1人いれば、朝から晩まで、春から夏まで、子供から大人まで、いつだって、いつまでも、永遠に遊び続けることができるのに……。だいたい期待はいつもふっと裏切られて、キーパーは家族や大事な誰かに呼ばれたり、家族や複雑な事情が絡まって遠くに引っ越していってしまうのだ。
振り返った時には、やっぱりキーパーはいなくて、無人のゴールが風を食べながら膨らんでいた。
「1対1の力なんだよ。足元の技術なんだよ。ボールを懐に入れたら、厳しく冷たく自分のものにし続けるんだよ。保持する力は、奪取する力にもなるんだよ。激しさが足りないね。君はすぐに寝ちゃうからね。もっと激しくないと駄目だろうよ。1度ギャラクシーの練習に顔を出しなさい」とコーチは持論を述べて、山岳の秘密特訓に招き入れたのだった。
頭からドリブルだと思っていたのだが、案外メニューは動きながらのパス交換から始まった。止めて、蹴る。基本が大事。蹴る時は大きな声で hola!と声を出すように!
「hola!」
日本語で大声を出すのは恥ずかしかったが、横文字だということで、気楽に声を出すことができた。止めて、蹴って、走る。厳しい山岳地帯の中で、素早くポジションを変更しながら、パスを交換する。転ばないことにも細心の注意が必要。
「hola!」
「hola!」
「hola!」
「hola!」
順調につながっていたが、逆に調子に乗りすぎて、動きが先走ってしまった。自分のところにパスが届く前に、次のポジションに走り出してしまったのだ。遅れて届くパスの受け手は、誰もいない。岩の間を縫って、ルールを失ったボールが転がっていく。戻らなければ。責任を持って、戻らなければ……。
「大胆な猿がいるぞ!」
誰かが山を見上げながら叫んだ。賑やかな特訓に、興味を持って下りてきているのかもしれない。逃げていくボールを追っていくと、まだ手乗りサイズの小さな猿が地面を歩いていた。カブトムシのように小さい体で、目はぱっちりと開いて顔から突き出ているように見えた。不規則に跳ねるボールと手乗りの猿に注意が分散されて、気づくと小さな岩に足を取られてしまった。咄嗟に手をついて、全身をかばった。大丈夫、骨は折れていない。
気がつくと、青年の猿が目の前に立っていた。
「何を磨いているんだ? こんなところで」
「個の力です」
今度はこちらが質問する番だったが、言葉に詰まった。
「あなたはなんて素敵なんだ!」
猿の方から沈黙を破って言った。
「立派な猿になることを目指しています!」
さわやかに青年の猿は続けた。
それはそれは。(誠によい心がけ)
また会う日まで。
話も済んだし、立ち上がろうとしたが、体が岩のように重たかった。
青年の猿も、直立したまま傍を離れなかった。
そして、山の流儀と言わんばかりに大量のおしっこを浴びせてきた。