「雨は上がりましたよ」
「えっ」
激しい雨音の向こうから男の澄んだ声が聞こえた。
「もう上がってますよ」
そんな……。大きな雨粒がずっと傘を打ち続けていた。横から殴りかかってくる雨が、シャツの裾を濡らしていた。傘もささない男の顔は少しも塗れていない。まるで雨上がりの町から来たようだ。
「いつですか」
「2020年」
男は立ち止まり何かを待っているようだった。
「わざわざどうも」
男はじっと傘の方を見つめていた。感謝の意に合わせて傘を閉じるしかなかった。途端に全身がずぶ濡れになってしまう。今までの苦労のすべてが無駄になった。閉じられた傘を見て男は満足げに微笑んだ。
「それでは」
罰ゲームのような雨に打たれながら歩き始めた。振り返るとまだ男はこちらを見ている。男の姿が完全に見えなくなるまで傘を閉じて歩いた。
2020年の幽霊に違いなかった。
柄を渡る
トカゲが独り
詩にもなり
苦にもなり得る
五月雨の時
折句「江戸仕草」短歌