ピンだけが正確な人。さりげなくヒントをくれる人。ドアを開けて待っていてくれる人。ピンも住所もデタラメな人。終始無言の人。特徴を詳しく並べてくれる人。呼んでも出てこない人。家から飛び出してくる人。目印を知らせてくれる人。(ガソリンスタンドの横です)コンビニ前で待っている人。親子で手を振ってくれる人。お客さんの受け取り方というのは、実に様々なものがある。
(たどり着いた時が一番怖い)
時々、家の前まで行って迷子になることがあった。その日の最初の届け先は2丁目にある一戸建てだった。ピンはだいたい合っていた。番地もだいたい合っていた。(ピンも番地も正確である時といい加減な場合がある。そこを見極めるにはある程度の経験が必要だ)
表札の名前を見て確信した僕はボタンを押した。
「お待たせいたしました……」
「住所みて」
男の声が短く答えた。
「ご注文いただいてないでしょうか?」
「よくみて!」
違うとか頼んでないとか、決してそんな風には言わない。短い中にも苛立ちの語気が感じ取れる。
(あとは自分で察しろということだ)
恐ろしい。だけど、非は間違えてるこちらの方にある。どこで道を間違えてしまったのだろう……。いいやそんなことはない。ちゃんと正しく信号を無視せずやってきた。何より表札が合っている! 名前が合っている! 狂っているのは相手の方じゃないのか。
取り乱しながら僕はアプリから電話をかけた。
「もしもし……」
「家の前に木があって、あ、今出ますので……」
しばらくすると木に覆われたところから本当のお客さんが出てきた。
「ああ、こちらでしたか。お待たせいたしました」
たまたま近くに同じ名前の人が住んでいたのだ。
そういうことだってよくあることだ。
(名前を過信しすぎても危険である)
そこは自然の木に覆われた隠れ家的な物件だった。
表札なんてみえないじゃないか! 玄関だってみえないのだ。
表面だけをみていてもたどり着けない場所があることを学んだ。ブレイスの下のホルダーからドリンクを抜き取る。2口飲んで気持ちを落ち着かせた。
配達完了!
時給602円。
まあこんな日もある。