「これでいいかな?」
ネルシャツのボタンが一つ取れていた。
「いいんじゃない」
爪を切りながら姉が言った。
「こんな格好で走ってる人いる?」
「いないんじゃない」
やっぱり姉の答えは適当だ。
僕はネルシャツを脱いでロンTに着替え直した。キャップを被って鏡を見た。テレビ映りが気になる。やっぱり走っていると暑くなるかな。下に履くジャージが見つからなかった。
「兄ちゃん。前貸したジャージ返してよ」
兄はお茶を飲みながらジャージは知らないと言った。兄が持っていなければどこにあるというのだ。
「9時集合と書いてある」
パンフレットを見ながら母が言った。もう11時を回っていた。
「どうせすぐには走らないよ」
レースの前には余分な挨拶がたくさんあるに決まっている。僕は開き直っていた。身支度が済まなければ家を出ることもできない。問題は行方不明のままのジャージだ。箪笥を開けると右の一角に靴下の山が築かれていた。あの底に埋もれているのかもしれない。
「いらない靴下は捨てようよ」
何年も履いていない靴下が大切な物を覆っているのだ。
「売れる物は売った方がいいんじゃない?」
売れる物があると姉が主張した。
ジャージがないのでジーンズで行くしかない。
いらない物を袋に詰めて皆は小走りで家を出た。
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