チャーハン屋はあってもラーメン屋はない。そういう時代だ。チャーハンを作りたくて旅に出る若者はいても、ラーメンを心に抱き道を行く者はいない。もはやラーメンは忘れられてしまった。何かの例えの中では下の方に置かれる。あるいは鼻で笑われるような存在だ。一方でチャーハンは光をあびて輝いている。すべての若者の憧れであり、誰からも愛されて、求められる存在だ。私はラーメン屋。ずっと昔ながらのラーメン屋だ。
今夜はカウンターに一人の紳士を迎えられたことに感謝している。文句の一つも言わず麺を啜る姿を見ていると、目頭が熱くなるのだ。
「ごめんなさいね。ラーメンしかなくて」
「そんなことないですよ」
「よかったら替え玉でもしていってください」
「ありがとう。でも、ちょっと約束があって……」
無理に引き止めることはできない。紳士はスープまですっかり飲み干してくれた。
「ごちそうさま。美味しかった」
その言葉にうそはないようだ。こういうことがあるから私はまだラーメン屋を続けているのかもしれない。まだまだ捨てたもんじゃない。そう思わせてくれる、そんな夜もある。
「いらっしゃい」
暖簾が派手に揺れて、いかにも酔っぱらった二人がガラガラと扉を開けた。
「チャーハンあるか?」
「ごめんなさい。うちはラーメンだけで……」
急に男の顔が険しくなるのがわかる。
「はあ?」
不条理な事態に直面した時に表れる怒りが、顔中に浮き出ている。それ以上、前進することはなかった。
「二度と来るか!」
捨て台詞と共に扉は閉まった。よい夢は一夜に一度でいい。
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