
口を開かずとも強く存在している者がいる。私が愛用する扇子もそのような存在だ。触れているだけで不思議と心を落ち着かせてくれる。大きく開くまでもない。読みに集中する時には、パチパチと刻まれて読みのリズムと共鳴する。
いま、私の玉頭に大きな脅威が迫っていた。
最も危険なのは間違いなく飛車の直射。
手筋!
と飛車の頭に歩をあびせた。
「大駒は近づけて受けよ」
格言にもある通りだ。
連打連打と歩を叩く。将棋は歩の使い方で決まる。
一歩ずつ飛車が近づきいよいよ自陣にまで迫ってきた。駒台に伸ばした手は、フラットな一面を撫でるばかりだった。
あったのに。あんなにたくさんあったのに。まだあるはずだった。ないとおかしかった。あるとよかった。あってほしかった。読んでいなかった。あるとは限らなかった。愚かなことだった。取り戻せればよかった。本当はね。
(あの一歩一歩が)
すべて特別な歩だったのだ。
ここにきて歩がなければ、いままでのは何だったのかわからない。それは相手へのプレゼント。もはや脅威の飛車筋をきれいに止める手段は何もなかった。
私は大きく扇子を開くと飛車に向けて念じた。
「立ち去れー!」
すると大きな風が起きた。
「ひえーっ!」
座布団の上の名人が吹き飛んで行く。
私の反則負けだ。

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