抑えのエースが肩を作っている間、俺は入念に素振りをする。目に見える勝負は一瞬だ。だが、本当の勝負はずっと長い。目と目が合う遙か前に二人の激しい勝負が始まっている。
「みなさまお待ちください」
(アップのペースを上げております)
エースのアップには時間がかかる。それでも客は誰も文句を言わない。素晴らしい勝負なら、待つ時間さえも楽しみに変わるのだ。
投手がいないマウンドをにらんで俺は鋭くバットを振る。イメージはセンター前ヒット。より上手く運べばバックスクリーンだ。
「お待たせしました」
リモートコントロールカーに乗ってエースが運ばれてきた。
マウンドに立ったエースは大きく見える。
俺は代打の切り札。最後の期待を背負った男。
「今しばらくお待ちください」
マウンドに立ってから、エースは肩の仕上げに入る。50球を超えてどんどん球威が増していく。俺はエースの投球フォームを読み取りながらスイングの精度を高めていく。
スタジアムにウェーブが起こる。ラストイニング。点差は僅か1点。いよいよクライマックスだ。
監督がベンチから飛び出してくる。
審判に何事か告げて、俺の肩に優しく触れた。
「チェンジ!」
俺は気持ちを切り替える。
(今夜は俺の夜じゃなかった)
あとはよろしく
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