「どうしても勝ちたい」
ずっとそれだけを考えて修行を積んできた。四間飛車から始め三間にまわり、他にもあらゆる振り飛車を試した。勝ち越すことは適わなかった。
次は思い切って居飛車に転向した。矢倉、相掛かり、角換わり、横歩取り。あらゆる戦法を試してみたが勝ち星を積み重ねるには至らなかった。そして、今日はとっておきの雁木でも負けてしまった。今更振り飛車党に戻るわけにもいかないし……。万策尽きるとはこのことだ。もう戦法のせいにすることはできない。
「師匠。僕はもう田舎に帰ります」
(僕は将棋が弱いんだ)
「ちょっと待った!」
師匠は即座に待ったをかけ、
「この駒を使って研究しなさい」
と助言をくれた。
無駄とは思ったが気がつくと『大山全集』を並べていた。
指先が今までにないほど軽かった。
これはいったい……
一度並べただけで棋譜が脳裏に焼きつくようだ。細部の変化に渡って正確に理解できるのがわかった。時々、開いた窓から入ってきた風に歩を飛ばされた。また、台風がきているのか。
生まれ変わったつもりで四間飛車に構えると、面白いように勝ち始めた。長い冬の時代がまるでうそのようだった。
(やっぱり振り飛車って面白い)
「あの駒は……」
師匠の答えは僕の読みに全くないものだった。
「あの時、君はあと一歩のところまできていたのだ。必要なことはただ先へ進むことだったが、そのためには君の決意に待ったをかける駒が必要だったんだ。あの駒はただ道を延ばすための駒だ。500円のだよ。軽かっただろ」
「無茶苦茶軽かったです」
「だけど、あの時の君にはそれでよかったのさ」
師匠、そいつは反則だよ。
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