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生まれながらにタトゥーを持った俺は、常に蚊帳の外に置かれていた。様々な偏見からチームに加わることはできず、遠くで眺める他はなかった。不満を叫ぶよりも俺にはもっとやりたいことがあった。自分のスキルを磨くこと。そして、いつかその先に自分の夢も開けているのだと根拠もなく信じていた。
俺のホームグラウンドは近所にある荒れ果てた公園だった。練習パートナーは猫で、サポーターは草の茂みに潜む虫たちだった。猫は常に守備しかしなかった。それは攻撃しか頭にない俺にとってはかえって好都合だった。最初の頃は猫の俊敏性についていけず、ボールを奪われてばかりだった。徐々にフェイントを覚える内に猫の目を欺くことができるようになった。
いくつかのフェイントを組み合わせ上手く成功した時には、猫を完全に置き去りにすることもあった。そんな時、猫は照れ臭いのか、自分はまるでフットボールになんて興味がありませんといった顔をした。
虫たちは時に激しく盛り上がり、時に静まりかえったりしながら、絶えず応援を続けてくれた。
仲間との触れ合いや高度な戦術など存在しない。そのかわりに夢のように密度の濃い時間が流れ去った。
季節を問わぬ修行の結果、俺は人並みはずれたスキルを身につけ、Jのトライアウトに合格した。ついに夢の扉をキックしたのだ。
「今までありがとう」
素早かった猫もすっかり年を取った。
俺の差し出した手に触れることもなく、足を踏んづけて去って行った。
・
「1点取って来い!」
1点ビハインドの状況で俺の出番は訪れた。
そこにゴールが見えることが、公園育ちの俺には何よりもうれしいことだった。俺はトラップは下手だった。だが、一旦足下にさえ収めてしまえば、猫をもだましたドリブルのスキルで敵を抜くことはできた。愚鈍な守備陣を抜いてゴール前に持ち込むと俺は左足を振り抜いた。コースは悪くなかった。しかし、キーパーは顔色一つ変えずに俺のシュートをキャッチした。何度か同じような形を作りゴールに迫ったが、結果は同じだった。キーパーの余裕の表情が気になる。(俺はここまでの選手なのか……)
アディショナルタイム4分。俺はカウンターからゴール前に飛び出した。これが最後のチャンスになるだろう。(これで駄目ならもう出番は来ないかも)
「行けー!」
俺は渾身の力を込めて左足を振り抜いた。しかし、魂はボールに伝わらなかった。キーパーが両手を広げ笑っているのが見えた。
(俺のシュート、どこにも届かないや……)
やっぱり無理なのか……
「そんなことないよ」
幻聴か?
「そんなことないよ」
その声はどこかで聞き覚えがあった。
ああ、そうだ。あの懐かしい虫たちではないか。
俺のシュートを後押しするために小さな虫たちがピッチに集まっていた。追われる虫、季節を背負った虫、忌み嫌われる虫、公園時代のサポーターたちがボールに吸いついて大きな仕事をしようとしていた。それによって速度が増したわけではない。しかし、キーパーは完全に虚を突かれていた。
「虫だー! 虫が出たー!」
叫びながらゴールから飛び出してきて尻餅をついた。
無人となったゴールに向いて、コロコロとボールが転がって行く。阻める者は誰もいなかった。
「空き家だ! 空き家だ!」
虫たちは歌いながら主の消えたゴールに到着した。
ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーール♪
ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーール♪
ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーール♪
スタジアム全体が俺のゴールを認め、俺を称えた。
ゴォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール♪
「ありがとう! みんな」
俺、自分の力をもっと信じてみるよ。
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