「新しいカルタはできた?」
「それがまだ……」
「仕事は他にもたくさんあるのよ」
「どうしてもカルタにしないと駄目ですか」
「当然でしょ。他に代案でもあると言うの?」
「いいえ。もっと普通じゃ駄目なのかと」
「何を言ってるの。普通じゃ届かないからカルタ語にするんでしょ」
「ですよね……」
「あなたお薬はどうやって飲むの?」
「かかりつけに処方箋をもらって薬局で……」
「カプセルで飲むのでしょ」
「はい」
「カプセルだから楽に飲めるのよ」
「それはそうですが」
「カルタも同じこと。まずはまとめてあげないと」
「飲ませるということでしょうか」
「飲み込めるためには形が大事ということよ」
「カルタの形」
「みんなが知る形だから広く届けられるの」
「はい」
・
エビデンス俺にはないのまさかりと
行く金太郎飴の旅人
(折句「エオマイア」短歌)
・
「まだカルタ語の力を信じられないの?」
「どうもブランクが。子供の頃に遊んだくらいだから」
「誰にだって幼年時代がある」
「はい」
「遠い風景だからこそ近くに届くことがあるの」
「ふる里みたいなものでしょうか」
「遠いということは懐かしくて触れられないということよ」
「難しいですね」
「触れられないから振り向いてみたくなるの」
「はい」
「街で突然チラシを差し出されたらどう?」
「びっくりして受け取ってしまうかも」
「いいえ。ほとんどの人は身を引くものでしょう」
「そうかもしれません」
「どうしてかしら」
「自分には関係が薄いと思うからでしょうか」
「距離が近すぎるからよ」
「はい」
「言葉も同じ。届けたいなら遠くから。せめてカルタ語にしなければ」
「届けるって難しいんですね」
・
ソーシャルな校舎を降りて軽やかに
詩作が弾む孤独階段
(折句「そこかしこ」短歌)
・
「順調に進んでる?」
「制約があって、なかなか大変です」
「また言い訳ね」
「すみません」
「工夫なさい」
「全部言おうとすると収まり切らなくて」
「全部言おうとするからよ」
「はい」
「スペースがないなら削ぎ落とすまで。シンプルであるほど伝わるものがあるはずよ」
「そうですよね」
「みんなそれぞれ忙しいんだから。毎日記者会見なんて聞いてられないの」
「わかります」
「与えられた原稿を読むだけなら誰でもいい。ロボットでもいいわ。専門家の声を頼るだけなら専門家の方でいい。基本ばかり繰り返しても響かないものよ」
「おっしゃるとおりです」
・
かけて行く風の向こうをみつめれば
いかなる明日も死への順路だ
(折句「鏡石」短歌)
・
「カルタはまとまった?」
「どうもあまり自信がないのですが……」
「できたのならあとは世に出すだけよ」
「はあ」
「自信を持ちなさい。カルタ語は人々のDNAに深く刻まれているの」
「はい」
「あそこをご覧なさい」
「人が多いですね」
「真面目腐って言ったところで耳を傾けると思う?」
「無理かもしれません」
「カルタ語ならあの若者にも、向こうのお年寄りにも、忙しいビジネスマンにも、イヤホンを挿したラッパーにも届けられる」
「はい」
「もっとよ。無法者にも、ならず者にも、流れ者にも、腐った政治家にも、夢追い人にも、夜の街にも、街の隅々にまで、届けることができるの」
「カルタ語の力を信じます!」
「いいわ。手に取れる形にして、私たちのメッセージを送りましょう!」
・
3密を4人で避けて浮かれれば
謎めくカフェテラスの鉢植え
(折句「さようなら」短歌)
それぞれが小皿にとってかき込めば
静けさもまた幸福のうち
(折句「そこかしこ」短歌)
直感がここではないと弾いたら
つとめをやめて飛び立つ勇気
(折句「チョコバット」短歌)
神さまとかねこのみ知るみそ汁の
いりこ昆布だしのコントロール
(折句「鏡石」短歌)
永遠に追いかけて行く幻の
命にも似た明日の約束
(折句「エオマイア」短歌)
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