7月26日(土)
6月27日に横須賀市自然・人文博物館が開催し参加した 野外学習「ヨコスカ近代建築探訪①」逸見上水場を見る 横須賀市上下水道局逸見浄水場は、旧横須賀軍港水道半原系統として1912(M45)年に着工し、1919(T8)年に通水が開始され1921(T10)年に全施設が完成した。水源は逸見浄水場から約53km離れた神奈川県愛甲郡川村字半原(現愛川町)で70mの高低差を利用して自然流下で通水させるという大施設で、送水管が通るこの区間は「横須賀水道路」として「水道みち」の愛称で親しまれている。
で説明を受けた'水道みちを遡る'ガイドツアーを見つけ
横須賀市観光ボランティアガイドの会が開催した 100年の歴史を支えた海軍「水道みち」を遡る(その2)~東逗子駅前から滑川(水道橋)まで
東逗子駅(集合)~下田橋~逗子駅前~小坪隧道~逗子隧道~名越隧道~ふれあい広場(昼食)~日蓮乞水~銚子の井~来迎寺~五所神社~水道路交差点~海岸橋~若宮大路~下馬~鎌倉生涯学習センター前(解散)
に参加して来ました。
集合場所はJR横須賀線東逗子駅、集合時間15分ほど前に着いたのですが
早い人達は出発しており最後の班でした。
参加費を払い説明書を貰い、6班の案内役吉田さんから行程と注意事項を受け、
出発です参加者は50名ほどだで、
前回の海軍「水道みち」を遡る(その1)は逸見浄水所から東逗子まで歩いたそうです。
'水道みち'とは明治時代に海軍が敷設した神奈川県北西部の山奥から高低差70mの高低差を
利用して自然流下式の給水管の上に設けられた道路の事です。
駅前を通る道路は水道みちで、直線道路が続いています。
道路の左右にある標識を探しながら、昔の止水栓を見つけたりして歩きます。
給水管の敷設が楽なように直線道路が続きます、
標識もあちらこちらで目にします、
寄り道をして
日蓮上人が草庵を焼き討ちされた時、白猿に導かれ避難したと伝えられる岩窟がある
法性寺日蓮宗 逗子市久木9-1-33 へ
<続く>