社会保障と新自由主義④ 「新規まき直し」の好機
神戸大学名誉教授 二宮厚美さん
―岸田文雄政権の社会保障政策は新自由主義の枠内で展開されるとみますか。
コロナ禍で新自由主義の破綻があらわになり、野党共闘勢力が政策転換を掲げて攻め込んでいたために、岸田首相は総選挙に向けて「新自由主義の転換」というポーズをとらざるをえませんでした。野党の攻勢をかわす狙いだったといえます。
しかし、岸田政権は「応益負担」「水平的所得再分配」「共助・連帯としての社会保障」といった新自由主義の枠組みを何一つ変えようとしていません。こうした新自由主義の枠組みを踏襲し、強化しようとしているのが、自民党、公明党、日本維新の会などの政治勢力です。国民民主党もほとんどそちらの方へ軸足を移しています。
新自由主義からの転換を進めるには、野党共闘による政権交代を実現するほかありません。一方で、自民・公明・維新などは来年の参院選で3分の2の議席を占めることを狙い、挫折しかけた改憲・新自由主義路線を立て直す野望をあらわにしています。せめぎ合いが強まるでしょう。
「石炭火力発電をやめて」「政府は今すぐ行動を」などとアピールするFFF(フライデーズ・フォー・フユーチャー)東京の若者たち=11月12日、国会正門前
民衆の怒り爆発
―世界では新自由主義の転換をめざす動きが起きています。
新自由主義派は、富裕層と大企業に課税すると「国外に逃げる」という理屈で、累進所得税制の無効化を宣言しました。富裕層と大企業への減税を繰り返し、自ら税制を空洞化させながら、財政危機を理由に社会保障給付を圧縮してきました。
ところが、この身勝手な対応に対して民衆の怒りが爆発しました。「1%対99%」の運動、緊縮財政の転換を求める運動、「富裕層と大企業だけが租税回避地に資金を移して課税を逃れる経済構造は不公正だ」と告発する運動が沸き起こりました。
富裕層と大企業への減税を進めてきた先進諸国は軒並み、財政が火の車になりました。コロナ禍に対応できない危機的状況に陥る国も出ました。民衆の運動に押されて法人課税や累進課税を見直す動きが強まり、世界共通の最低法人税率を定めるなどの対策が進んできました。米国でも、バイデン政権が法人課税や金融所得課税を強化しようとしています。
新自由主義的なグローバル化は、税制上・財政上の危機を呼び起こし、支配階級の中からも見直しの動きが出る時代にさしかかったのです。富裕層と大企業に公平な負担を求める草の根運動を強め、新自由主義的な社会保障改革を転換させていくチャンスです。
―コロナ禍の下で医療や介護や保育の現場で働く人々に注目が集まりました。
全世界的に新たな声が起こりました。「看護師、保健師、介護職員、保育士はエッセンシャル・ワーク(人間の生活に必要不可欠な労働)に従事しているのだから、もっと大切にしなければいけない」という声です。エッセンシャル・ワークという耳慣れない言葉が日本でも流行語になるくらいに、日常的に使われる用語になってきました。
医療や介護や保育の現場で働く人たちの頑張りがあったからこそコロナ禍が社会崩壊に至らなかったことを、みんなが知っています。これは新しい国民的合意です。「エッセンシャル・ワーク・ニューディール」と呼ぶにふさわしい出来事です。
ニューディール(新規まき直し)はもともと、トランプで1回のゲームを終えてカードをまき直すことを意味し、1930年代の大恐慌時代にルーズベルト米大統領が「新規まき直し政治」に着手したときに使った用語です。新時代の始まりにはニューディール政治が求められます。
運動広げる若者
コロナ禍の中で生活物資を運んだ非正規の労働者たちを含め、エッセンシャル・ワーカーは低賃金で働き、正当に評価されてきませんでした。こういう人々の要求を束ねて処遇改善の運動を広げていくチャンスの時期が来ています。
コロナ禍の下では同時に、自然環境の重要性を気候変動危機と結びつけて認識し、人間と自然の関係を見直そうという「グリーン・ニューディール」運動が若者を中心にうねりのように広がりました。エッセンシャル・ワーク・ニューディールとグリーン・ニューディールの連合は、新自由主義への現代的な対抗路線になるでしょう。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月18日付掲載
民衆の運動に押されて法人課税や累進課税を見直す動きが強まり、世界共通の最低法人税率を定めるなどの対策が進んできました。米国でも、バイデン政権が法人課税や金融所得課税を強化しようとしています。
「看護師、保健師、介護職員、保育士はエッセンシャル・ワーク(人間の生活に必要不可欠な労働)に従事しているのだから、もっと大切にしなければいけない」
気候危機のもと再生可能エネルギーへの転換の運動も。
エッセンシャル・ワーク・ニューディールとグリーン・ニューディールの連合は、新自由主義への現代的な対抗路線に。
神戸大学名誉教授 二宮厚美さん
―岸田文雄政権の社会保障政策は新自由主義の枠内で展開されるとみますか。
コロナ禍で新自由主義の破綻があらわになり、野党共闘勢力が政策転換を掲げて攻め込んでいたために、岸田首相は総選挙に向けて「新自由主義の転換」というポーズをとらざるをえませんでした。野党の攻勢をかわす狙いだったといえます。
しかし、岸田政権は「応益負担」「水平的所得再分配」「共助・連帯としての社会保障」といった新自由主義の枠組みを何一つ変えようとしていません。こうした新自由主義の枠組みを踏襲し、強化しようとしているのが、自民党、公明党、日本維新の会などの政治勢力です。国民民主党もほとんどそちらの方へ軸足を移しています。
新自由主義からの転換を進めるには、野党共闘による政権交代を実現するほかありません。一方で、自民・公明・維新などは来年の参院選で3分の2の議席を占めることを狙い、挫折しかけた改憲・新自由主義路線を立て直す野望をあらわにしています。せめぎ合いが強まるでしょう。
「石炭火力発電をやめて」「政府は今すぐ行動を」などとアピールするFFF(フライデーズ・フォー・フユーチャー)東京の若者たち=11月12日、国会正門前
民衆の怒り爆発
―世界では新自由主義の転換をめざす動きが起きています。
新自由主義派は、富裕層と大企業に課税すると「国外に逃げる」という理屈で、累進所得税制の無効化を宣言しました。富裕層と大企業への減税を繰り返し、自ら税制を空洞化させながら、財政危機を理由に社会保障給付を圧縮してきました。
ところが、この身勝手な対応に対して民衆の怒りが爆発しました。「1%対99%」の運動、緊縮財政の転換を求める運動、「富裕層と大企業だけが租税回避地に資金を移して課税を逃れる経済構造は不公正だ」と告発する運動が沸き起こりました。
富裕層と大企業への減税を進めてきた先進諸国は軒並み、財政が火の車になりました。コロナ禍に対応できない危機的状況に陥る国も出ました。民衆の運動に押されて法人課税や累進課税を見直す動きが強まり、世界共通の最低法人税率を定めるなどの対策が進んできました。米国でも、バイデン政権が法人課税や金融所得課税を強化しようとしています。
新自由主義的なグローバル化は、税制上・財政上の危機を呼び起こし、支配階級の中からも見直しの動きが出る時代にさしかかったのです。富裕層と大企業に公平な負担を求める草の根運動を強め、新自由主義的な社会保障改革を転換させていくチャンスです。
―コロナ禍の下で医療や介護や保育の現場で働く人々に注目が集まりました。
全世界的に新たな声が起こりました。「看護師、保健師、介護職員、保育士はエッセンシャル・ワーク(人間の生活に必要不可欠な労働)に従事しているのだから、もっと大切にしなければいけない」という声です。エッセンシャル・ワークという耳慣れない言葉が日本でも流行語になるくらいに、日常的に使われる用語になってきました。
医療や介護や保育の現場で働く人たちの頑張りがあったからこそコロナ禍が社会崩壊に至らなかったことを、みんなが知っています。これは新しい国民的合意です。「エッセンシャル・ワーク・ニューディール」と呼ぶにふさわしい出来事です。
ニューディール(新規まき直し)はもともと、トランプで1回のゲームを終えてカードをまき直すことを意味し、1930年代の大恐慌時代にルーズベルト米大統領が「新規まき直し政治」に着手したときに使った用語です。新時代の始まりにはニューディール政治が求められます。
運動広げる若者
コロナ禍の中で生活物資を運んだ非正規の労働者たちを含め、エッセンシャル・ワーカーは低賃金で働き、正当に評価されてきませんでした。こういう人々の要求を束ねて処遇改善の運動を広げていくチャンスの時期が来ています。
コロナ禍の下では同時に、自然環境の重要性を気候変動危機と結びつけて認識し、人間と自然の関係を見直そうという「グリーン・ニューディール」運動が若者を中心にうねりのように広がりました。エッセンシャル・ワーク・ニューディールとグリーン・ニューディールの連合は、新自由主義への現代的な対抗路線になるでしょう。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月18日付掲載
民衆の運動に押されて法人課税や累進課税を見直す動きが強まり、世界共通の最低法人税率を定めるなどの対策が進んできました。米国でも、バイデン政権が法人課税や金融所得課税を強化しようとしています。
「看護師、保健師、介護職員、保育士はエッセンシャル・ワーク(人間の生活に必要不可欠な労働)に従事しているのだから、もっと大切にしなければいけない」
気候危機のもと再生可能エネルギーへの転換の運動も。
エッセンシャル・ワーク・ニューディールとグリーン・ニューディールの連合は、新自由主義への現代的な対抗路線に。
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