社会保障と新自由主義③ 呪文のように「自助共助」
神戸大学名誉教授 二宮厚美さん
―社会保障を支える財源の面でも新自由主義的な「改革」が進められてきました。
公共財源についても憲法の原則は明確です。支払い能力に応じて負担を課す応能負担です。すべての所得を合算し、総所得に応じて税率を上げる総合累進課税が本来の姿です。
ところが新自由主義的なグローバル化の中で、この応能負担原則が崩されてきました。高利潤の大企業や高所得の富裕層は、高い税率を課す国を逃れて、低税率の地域に資金を移す自由を手に入れたからです。
この間題は2010年代前半の欧州債務危機の時期にあらわになりました。フランスの政権が所得税の最高税率を上げようとしたら、高所得者らの「国外脱出」が相次いだのです。各国の大企業も同様に「高い税金をとるなら海外に逃げるぞ」と脅しをかけ、法人税率の軽減を迫ってきました。過去20~30年の間に所得税の最高税率と法人税率が全世界的に引き下げられ、税制が空洞化しました。
「消費税の5%への減税を」と宣伝する消費税廃止各界連絡会の人たち=4月1日、東京・新宿駅西口
ヨコ型の基幹税
新自由主義派は、富裕層と大企業に逃げられないために、別の財源に頼るしかないと主張します。それが消費税の基幹税化です。
日本では1989年の消費税導入以来、個人・法人所得税の減税と消費税の増税を基本とする税制改革が進められました。安倍晋三政権は法人実効税率(国・地方の法定税率)を37%から29・74%へ下げ、消費税率を5%から10%に上げました。基幹税としての所得税を骨抜きにし、消費税を基幹税にすえることが、新自由主義の税制改革戦略です。
この戦略は、税・財政の所得再分配構造に重大な転換を呼び起こします。憲法の応能負担原則に基づく税・財政構造は、基幹税としての所得・資産税を財源とし、社会保障給付などを通じて、垂直的な所得再分配を行うものでした。すなわち所得の上層から下層へと、タテ型の再分配を行うということです。
しかし消費税は所得の低い人ほど負担率が高い逆進的な大衆課税です。消費税を財源にした所得再分配はとうてい垂直的とはいえません。大衆内部で右からとって左に流す、ヨコ型の水平的所得再分配にとどまります。
新自由主義的税制改革によって、税・社会保障による所得再分配の構造が変質してしまう。これが貧困と格差の重大要因となります。
―現在、日本の新自由主義派が掲げている社会保障の理念はどんなものですか。
現代日本の新自由主義的改革は「権利としての社会保障」を「共助・連帯としての社会保障」に転換します。それを定式化したのが「全世代型社会保障」です。2013年8月の社会保障国民会議「最終報告」に最初に現れ、安倍晋三政権が定式化しました。「自助・共助・公助」の3層構造を社会保障の指導理念と定めたのです。この指導理念を、菅義偉前首相は呪文のように繰り返し口にしました。岸田文雄首相もそのまま受け継いでいます。
給付抑える圧力
本音は自助だけど、憲法があるから自助だけで通すことはできない。そこで「共助、連帯、相互扶助」のような、権利性が不明確な理念への転換を図る。具体的には「『自助の共同化』としての社会保険制度が基本」だとして、保険主義の強化を打ち出しています。
保険料が足りない場合、人権保障型の社会保障なら税金を費やして給付を保障しなければなりません。ところが助け合いの保険主義ではそうなりません。
ここでは、保険原理で言う財政の収支均等原則が重視されます。顧客からとる保険料の総額と、顧客に払う保険金の総額を均等にする原則です。これが社会保険に持ち込まれています。
例えば介護保険は、保険給付の一定割合(約5割)しか税金を投入せず、残りを介護保険料で支える枠組みになっています。収支均等の原則に従い、給付が増えれば保険料が自動的に上がります。
この仕組みは給付を抑える強い圧力として働きます。給料の改善を求める看護師や介護職員の声は、保険料が上がってしまうという壁に阻まれています。
「共助・連帯」の保険原理によって権利性を後退させ、給付を圧縮するのが新自由主義版の社会保障なのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月17日付掲載
公共財源についても憲法の原則は明確です。支払い能力に応じて負担を課す応能負担です。すべての所得を合算し、総所得に応じて税率を上げる総合累進課税が本来の姿。
日本では1989年の消費税導入以来、個人・法人所得税の減税と消費税の増税を基本とする税制改革が進められました。所得の再分配の真逆をいく税制です。
医療費や介護料が増えれば、本来なら税金で補てんすべきところを保険料アップで対応する。自己責任の導入。許されません。
神戸大学名誉教授 二宮厚美さん
―社会保障を支える財源の面でも新自由主義的な「改革」が進められてきました。
公共財源についても憲法の原則は明確です。支払い能力に応じて負担を課す応能負担です。すべての所得を合算し、総所得に応じて税率を上げる総合累進課税が本来の姿です。
ところが新自由主義的なグローバル化の中で、この応能負担原則が崩されてきました。高利潤の大企業や高所得の富裕層は、高い税率を課す国を逃れて、低税率の地域に資金を移す自由を手に入れたからです。
この間題は2010年代前半の欧州債務危機の時期にあらわになりました。フランスの政権が所得税の最高税率を上げようとしたら、高所得者らの「国外脱出」が相次いだのです。各国の大企業も同様に「高い税金をとるなら海外に逃げるぞ」と脅しをかけ、法人税率の軽減を迫ってきました。過去20~30年の間に所得税の最高税率と法人税率が全世界的に引き下げられ、税制が空洞化しました。
「消費税の5%への減税を」と宣伝する消費税廃止各界連絡会の人たち=4月1日、東京・新宿駅西口
ヨコ型の基幹税
新自由主義派は、富裕層と大企業に逃げられないために、別の財源に頼るしかないと主張します。それが消費税の基幹税化です。
日本では1989年の消費税導入以来、個人・法人所得税の減税と消費税の増税を基本とする税制改革が進められました。安倍晋三政権は法人実効税率(国・地方の法定税率)を37%から29・74%へ下げ、消費税率を5%から10%に上げました。基幹税としての所得税を骨抜きにし、消費税を基幹税にすえることが、新自由主義の税制改革戦略です。
この戦略は、税・財政の所得再分配構造に重大な転換を呼び起こします。憲法の応能負担原則に基づく税・財政構造は、基幹税としての所得・資産税を財源とし、社会保障給付などを通じて、垂直的な所得再分配を行うものでした。すなわち所得の上層から下層へと、タテ型の再分配を行うということです。
しかし消費税は所得の低い人ほど負担率が高い逆進的な大衆課税です。消費税を財源にした所得再分配はとうてい垂直的とはいえません。大衆内部で右からとって左に流す、ヨコ型の水平的所得再分配にとどまります。
新自由主義的税制改革によって、税・社会保障による所得再分配の構造が変質してしまう。これが貧困と格差の重大要因となります。
―現在、日本の新自由主義派が掲げている社会保障の理念はどんなものですか。
現代日本の新自由主義的改革は「権利としての社会保障」を「共助・連帯としての社会保障」に転換します。それを定式化したのが「全世代型社会保障」です。2013年8月の社会保障国民会議「最終報告」に最初に現れ、安倍晋三政権が定式化しました。「自助・共助・公助」の3層構造を社会保障の指導理念と定めたのです。この指導理念を、菅義偉前首相は呪文のように繰り返し口にしました。岸田文雄首相もそのまま受け継いでいます。
給付抑える圧力
本音は自助だけど、憲法があるから自助だけで通すことはできない。そこで「共助、連帯、相互扶助」のような、権利性が不明確な理念への転換を図る。具体的には「『自助の共同化』としての社会保険制度が基本」だとして、保険主義の強化を打ち出しています。
保険料が足りない場合、人権保障型の社会保障なら税金を費やして給付を保障しなければなりません。ところが助け合いの保険主義ではそうなりません。
ここでは、保険原理で言う財政の収支均等原則が重視されます。顧客からとる保険料の総額と、顧客に払う保険金の総額を均等にする原則です。これが社会保険に持ち込まれています。
例えば介護保険は、保険給付の一定割合(約5割)しか税金を投入せず、残りを介護保険料で支える枠組みになっています。収支均等の原則に従い、給付が増えれば保険料が自動的に上がります。
この仕組みは給付を抑える強い圧力として働きます。給料の改善を求める看護師や介護職員の声は、保険料が上がってしまうという壁に阻まれています。
「共助・連帯」の保険原理によって権利性を後退させ、給付を圧縮するのが新自由主義版の社会保障なのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年12月17日付掲載
公共財源についても憲法の原則は明確です。支払い能力に応じて負担を課す応能負担です。すべての所得を合算し、総所得に応じて税率を上げる総合累進課税が本来の姿。
日本では1989年の消費税導入以来、個人・法人所得税の減税と消費税の増税を基本とする税制改革が進められました。所得の再分配の真逆をいく税制です。
医療費や介護料が増えれば、本来なら税金で補てんすべきところを保険料アップで対応する。自己責任の導入。許されません。
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