安保改定60年 第3部⑧ 思いやり予算 恫喝の歴史
「(応じなければ)すべての米軍を撤退させると脅せ」。トランプ米大統領が日本から米軍「思いやり予算」の「4・5倍増」を勝ち取るため、「恫喝(どうかつ)」に言及していたことが明らかになっています。しかし、トランプ氏にとどまらず、米軍駐留経費をめぐる日米交渉史は、無理を承知で要求を押し付ける「恫喝の歴史」でした。
沖縄返還交渉
「(米軍駐留経費は)日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」(日米地位協定24条)。この原則が崩れる転機になったのが沖縄返還交渉でした。
米側は在沖縄基地の再編に伴う基地の改修費として6500万ドルを要求。1971年6月9日付公電によれば、愛知外相・ロジャース国務長官との会談で、愛知氏は「(地位協定の)リベラルな解釈」を「保証」すると約束。その結果、日本政府は73年から76年にかけて米軍基地の大規模な再編経費を負担することになったのです。
当時、米側は沖縄からの「核撤去」には応じる代わりに、残る基地の維持や運用の自由を最大限求め、それがなければ沖縄の施政権返還には応じられないという姿勢で臨んでいました。
こうした動きと並行して、ピーターソン大統領補佐官(国際経済担当)は71年8月24日付の米政府部内討論用文書で、「日本と返還後の沖縄に駐留する米軍を維持する円建てコストについての財政負担増大を日本に受諾させるよう努力する」とし、国防総省に研究を求めました。
現在の「思いやり予算」の原型と言えるものです。同年8月5日、ニクソン大統領が「金ドル免換(だかん)停止」を発表し、大幅な円高が予想されたことが背景にありました。ただ、米政府高官からは慎重論が相次ぎ、いったんは見送られました。しかし、円高ドル安の加速に伴い、70年代半ばから、駐留経費の負担要求は再び高まります。
米政府監査院(GAO)は米議会に提出した77年6月17日付報告書で、日米地位協定の規定を承知の上で、「日米のより対等な費用分担の枠組み」を提起。
円高で日本人従業員に支払う給与が大幅に増えたとして、①労務費の負担②基地の共同使用―などを要求しました。
同年9月、米側は日本に労務費の負担を正式に要求。12月22日、78年度から労務費の一部を負担することで合意しました。ところが米側はそのわずか18日後、次の要求に踏み出しました。
在日米大使から米国務省への78年1月9日付公電は、「『大平解釈』が日本側支配的になっている」とした上で、「われわれは追加的な計画、とくに住宅を日本側に提案するよう薦める。日本側がさらなる支援に対価を払うことは可能だ」と述べています。
「大平解釈」とは、基地改修費の負担に関する地位協定の「リベラルな解釈」が国会で問題になった際、大平正芳外相(当時)が73年3月13日の衆院予算委員会で、これを「理解できる」とした答弁です。


米軍家族住宅=沖縄県浦添市
負い目を利用
米側はただちに住宅など施設建設費の支払いを要求。日本側はこれに応じ、79年度から、住宅や学校、娯楽施設、さらに滑走路など戦闘関連施設まで着手されました。
日本側がいったん「リベラルな解釈」を受け入れたら、後はいくらでも解釈を変えられる―。味を占めた米側の要求は拡大の一途をたどり、ついに「解釈」さえ限界に達しました。そこで87年、労務費のうち時間外手当などの支払いを定めた5年間の「労務費特別協定」を締結。政府は当時、「特例、暫定的な一時的措置」だと説明していました。
ところが、92年度の期限も終了しない91年に光熱水費や労務費の基本給(=給与全額)の支払いを含む新協定が締結されました。湾岸危機が発生した直後の90年9月29日の日米首脳会談議事録によれば、海部俊樹首相(当時)は、自衛隊の派兵は憲法解釈上できないと主張。ブッシュ大統領(同)は「憲法上の制約を全面的に理解する」と応じた上で、「もし接受国支援(駐留経費負担)を91年に増やせば、わが国に良いシグナルを送ることになるだろう」と切り出したのです。海部氏は「米国のために最大限努力する」と応じました。
米側は「憲法上の制約」で米側の要請に応じられないという“負い目”を露骨に利用したのです。96年度には米空母艦載機のNLP(夜間離着陸訓練)移転経費まで加わり、「特例、暫定的」とされた特別協定は事実上、恒久化されました。
負担を求める
日米両政府は今秋から、新たな特別協定の締結交渉を行います。日本政府は11月3日の米大統領選を注視していますが、トランプ氏に対抗するバイデン元副大統領を擁立する民主党の政策綱領も、同盟国への「公平な負担」を求めています。
「撤退」をほのめかされたら簡単に腰砕けになるような日米同盟依存、アメリカ言いなりの姿勢を改めない限り、米大統領選の結果がどうあれ、厳しい交渉が予想されます。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2020年8月31日付掲載
湾岸戦争当時。海部俊樹首相は、衆院本会議で日本国憲法前文の「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」を引用して、湾岸戦争への戦費出費を合法化したものである。
今の思いやり予算と比べても隔世の感がある。
「(応じなければ)すべての米軍を撤退させると脅せ」。トランプ米大統領が日本から米軍「思いやり予算」の「4・5倍増」を勝ち取るため、「恫喝(どうかつ)」に言及していたことが明らかになっています。しかし、トランプ氏にとどまらず、米軍駐留経費をめぐる日米交渉史は、無理を承知で要求を押し付ける「恫喝の歴史」でした。
沖縄返還交渉
「(米軍駐留経費は)日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」(日米地位協定24条)。この原則が崩れる転機になったのが沖縄返還交渉でした。
米側は在沖縄基地の再編に伴う基地の改修費として6500万ドルを要求。1971年6月9日付公電によれば、愛知外相・ロジャース国務長官との会談で、愛知氏は「(地位協定の)リベラルな解釈」を「保証」すると約束。その結果、日本政府は73年から76年にかけて米軍基地の大規模な再編経費を負担することになったのです。
当時、米側は沖縄からの「核撤去」には応じる代わりに、残る基地の維持や運用の自由を最大限求め、それがなければ沖縄の施政権返還には応じられないという姿勢で臨んでいました。
こうした動きと並行して、ピーターソン大統領補佐官(国際経済担当)は71年8月24日付の米政府部内討論用文書で、「日本と返還後の沖縄に駐留する米軍を維持する円建てコストについての財政負担増大を日本に受諾させるよう努力する」とし、国防総省に研究を求めました。
現在の「思いやり予算」の原型と言えるものです。同年8月5日、ニクソン大統領が「金ドル免換(だかん)停止」を発表し、大幅な円高が予想されたことが背景にありました。ただ、米政府高官からは慎重論が相次ぎ、いったんは見送られました。しかし、円高ドル安の加速に伴い、70年代半ばから、駐留経費の負担要求は再び高まります。
米政府監査院(GAO)は米議会に提出した77年6月17日付報告書で、日米地位協定の規定を承知の上で、「日米のより対等な費用分担の枠組み」を提起。
円高で日本人従業員に支払う給与が大幅に増えたとして、①労務費の負担②基地の共同使用―などを要求しました。
同年9月、米側は日本に労務費の負担を正式に要求。12月22日、78年度から労務費の一部を負担することで合意しました。ところが米側はそのわずか18日後、次の要求に踏み出しました。
在日米大使から米国務省への78年1月9日付公電は、「『大平解釈』が日本側支配的になっている」とした上で、「われわれは追加的な計画、とくに住宅を日本側に提案するよう薦める。日本側がさらなる支援に対価を払うことは可能だ」と述べています。
「大平解釈」とは、基地改修費の負担に関する地位協定の「リベラルな解釈」が国会で問題になった際、大平正芳外相(当時)が73年3月13日の衆院予算委員会で、これを「理解できる」とした答弁です。


米軍家族住宅=沖縄県浦添市
負い目を利用
米側はただちに住宅など施設建設費の支払いを要求。日本側はこれに応じ、79年度から、住宅や学校、娯楽施設、さらに滑走路など戦闘関連施設まで着手されました。
日本側がいったん「リベラルな解釈」を受け入れたら、後はいくらでも解釈を変えられる―。味を占めた米側の要求は拡大の一途をたどり、ついに「解釈」さえ限界に達しました。そこで87年、労務費のうち時間外手当などの支払いを定めた5年間の「労務費特別協定」を締結。政府は当時、「特例、暫定的な一時的措置」だと説明していました。
ところが、92年度の期限も終了しない91年に光熱水費や労務費の基本給(=給与全額)の支払いを含む新協定が締結されました。湾岸危機が発生した直後の90年9月29日の日米首脳会談議事録によれば、海部俊樹首相(当時)は、自衛隊の派兵は憲法解釈上できないと主張。ブッシュ大統領(同)は「憲法上の制約を全面的に理解する」と応じた上で、「もし接受国支援(駐留経費負担)を91年に増やせば、わが国に良いシグナルを送ることになるだろう」と切り出したのです。海部氏は「米国のために最大限努力する」と応じました。
米側は「憲法上の制約」で米側の要請に応じられないという“負い目”を露骨に利用したのです。96年度には米空母艦載機のNLP(夜間離着陸訓練)移転経費まで加わり、「特例、暫定的」とされた特別協定は事実上、恒久化されました。
負担を求める
日米両政府は今秋から、新たな特別協定の締結交渉を行います。日本政府は11月3日の米大統領選を注視していますが、トランプ氏に対抗するバイデン元副大統領を擁立する民主党の政策綱領も、同盟国への「公平な負担」を求めています。
「撤退」をほのめかされたら簡単に腰砕けになるような日米同盟依存、アメリカ言いなりの姿勢を改めない限り、米大統領選の結果がどうあれ、厳しい交渉が予想されます。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2020年8月31日付掲載
湾岸戦争当時。海部俊樹首相は、衆院本会議で日本国憲法前文の「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」を引用して、湾岸戦争への戦費出費を合法化したものである。
今の思いやり予算と比べても隔世の感がある。
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