ことの発端は、どういう経緯だったのか忘れたが
関西にいた頃、
OSAKA JAZZ FAMILYという団体からの依頼で、
コンサートの MCをしていたことがあった。
今思えば、当時のゲストプレイヤーは、
その世界では名のある方々ばかり、
古谷充さん、辛島文雄さん、日野元彦さん、猪俣猛さん 、東原力哉さん…
“知らない”というのは、恐ろしいことだ。
当時の私は若く、無知であるがゆえに、
けっこう失敗もあった…。
LIVE後の打ち上げで、たまに“指導”されることもあった。
特に度々ご一緒した古谷充さんは面倒見がよかった。
氏から、言われたのが
「 品が良すぎる、メンバー紹介、崇めすぎ!
“さん”づけしなくていい、呼び捨てでOK」
と、
基本の「キ」から教えてくださった。💦
日野元彦さんとご一緒した時のことは忘れない。
たまたま、元彦さんのお誕生日だったらしく
打ち上げで、ケーキのサプライズプレゼントがあり
主催者とスタッフ全員で元彦さんを囲んで
「HAPPY BIRTHDAY “TOKO”ちゃん♪」
を歌った。
当時、元彦さんは三十代半ばだったか…
サプライズに喜びつつも、照れ臭そうな笑顔が今でも浮かんでくる。
その後も、
何度かJAZZ FAMILYの お仲間の結婚パーティーなどの司会をさせてもらったり、
主催者の知人関係のLIVEのMCをさせてもらい
その間に、多くの音楽を間近で聴かせてもらう機会があった。
私は、駆け出しのMCだったが、
耳を肥やすには充分すぎるほどの贅沢な環境を与えてもらった。
とても良い経験をさせてもらったと思っている。
その経験が
後年、担当していたラジオ情報番組の中の
『 ミュージックサイト』で役立った。
すぐそばで聴くと、音圧が身体に直接感じられ
プレイヤーの汗のほとばしり、息づかいが感じられる…緊張感も伝わってくる。
特にインプロビゼーションの後の呼吸の合わせ方がJAZZの醍醐味だ。
学生時代、ジョン・コルトレーンやマイルス・デイビス、ソニー・ロリンズの名前は知っていても、
実際に生で聞く機会もなく、
譜面の読み方だけを学校で習ってきた私のような人間には、すべてがカルチャーショックだった。
改めて、セッションの面白さ、その妙技を肌で感じ、スケールの重要性を認識した。
今でも思うが、
あんな経験は、後にも先にもあの時だけだ。
そのことを、ビルボード東京の夜景を観ながら思い出した。
しみずゆみ
関西にいた頃、
OSAKA JAZZ FAMILYという団体からの依頼で、
コンサートの MCをしていたことがあった。
今思えば、当時のゲストプレイヤーは、
その世界では名のある方々ばかり、
古谷充さん、辛島文雄さん、日野元彦さん、猪俣猛さん 、東原力哉さん…
“知らない”というのは、恐ろしいことだ。
当時の私は若く、無知であるがゆえに、
けっこう失敗もあった…。
LIVE後の打ち上げで、たまに“指導”されることもあった。
特に度々ご一緒した古谷充さんは面倒見がよかった。
氏から、言われたのが
「 品が良すぎる、メンバー紹介、崇めすぎ!
“さん”づけしなくていい、呼び捨てでOK」
と、
基本の「キ」から教えてくださった。💦
日野元彦さんとご一緒した時のことは忘れない。
たまたま、元彦さんのお誕生日だったらしく
打ち上げで、ケーキのサプライズプレゼントがあり
主催者とスタッフ全員で元彦さんを囲んで
「HAPPY BIRTHDAY “TOKO”ちゃん♪」
を歌った。
当時、元彦さんは三十代半ばだったか…
サプライズに喜びつつも、照れ臭そうな笑顔が今でも浮かんでくる。
その後も、
何度かJAZZ FAMILYの お仲間の結婚パーティーなどの司会をさせてもらったり、
主催者の知人関係のLIVEのMCをさせてもらい
その間に、多くの音楽を間近で聴かせてもらう機会があった。
私は、駆け出しのMCだったが、
耳を肥やすには充分すぎるほどの贅沢な環境を与えてもらった。
とても良い経験をさせてもらったと思っている。
その経験が
後年、担当していたラジオ情報番組の中の
『 ミュージックサイト』で役立った。
すぐそばで聴くと、音圧が身体に直接感じられ
プレイヤーの汗のほとばしり、息づかいが感じられる…緊張感も伝わってくる。
特にインプロビゼーションの後の呼吸の合わせ方がJAZZの醍醐味だ。
学生時代、ジョン・コルトレーンやマイルス・デイビス、ソニー・ロリンズの名前は知っていても、
実際に生で聞く機会もなく、
譜面の読み方だけを学校で習ってきた私のような人間には、すべてがカルチャーショックだった。
改めて、セッションの面白さ、その妙技を肌で感じ、スケールの重要性を認識した。
今でも思うが、
あんな経験は、後にも先にもあの時だけだ。
そのことを、ビルボード東京の夜景を観ながら思い出した。
しみずゆみ