リトルスージーツバキ、椿、山茶花の品種もたくさんあります。近所の歯医者さんの庭で毎年見事に咲いています。
今日は、午後茨木のフルートKさんとデュオ練習。
今週末からKさんはキエフに行きます。その前に日本人の指揮者とあわせたそうです。「どうだった?」と聞くと「ほとんど、何も言われなかった。『君のフルートにかける姿勢に感動したよ。演奏を聴けて幸せだよ』と、後でメールが来て、次の仕事が決まったようです。「すごい!」よかったなぁ。
Kさんがフルートで、どんどん世界にでていけたら、いいなぁ。
Kさんの帰国が延びて4月5日になったので、曲を一度全部録音してみることにしました。
私は20日のボザで、Kさんはライネッケで一杯一杯。こちらの方の練習があまり進んでいませんが、忘れちゃうので…。
テレマンのソナタop.24は、ほとんど吹いてない。ひどいぞ私。音源も無いので、自分のパートがなんとか吹けても、休んだら次入るところがわからない。
メチャクチャな録音が残りました。他のも似たような感じ。まあ、まだこんなもの。
しかし、他にも今日は、ミス続き。昨日寝るのが遅かったせいかな?
電車に乗ろうとPITAPAを使おうと思ったら、見つからない、電車が来そうだったので、150円分だけ切符かって飛び乗ったら、いつもと反対側のバッグのポケットに入っていました。
テレマンを吹こうと思ったら楽譜が無い。仕方ないので、借りて吹いて。
帰ろうとと思ったら、チラシの下から出てきました。
とどめが、牧野に着いて、自転車に乗ろうと思ったらポケットに入れたと思った鍵が無い。今度もどこかからでてくるんじゃないか?と思って探したけど、やっぱり無い。どうやら、手袋を入れたり出したりしている間に落としたみたい。
困ってたら、お店のおじさんが、出てきて、「壊さな無理やな。いいですか?」
「スペアキーももう失くしてるし、お願いします。」
金づちと、ねじ回しをもってきましたが、自転車に作りつけで、鋼鉄のバーをまわしてガチャンと閉める分。太いバーはペンチなんかでは切れません。
「自転車屋さんに行こう。」とおじさんは自転車を抱えて歩き出しました。
「すみません。」と、私が抱えようとしても、「大丈夫、大丈夫」と一人で担いで、とうとう数ブロック離れた自転車屋さんまで。
「オ~イ!鍵何とかしたって。」と呼びかけたら、自転車屋さんのおじさんは、一目見るなり「鍵壊さなあかんけど、いいですか?」と70cmはあるかという大きなペンチで、バチンバチンと鋼鉄のバーを切り、「はい。」
「ありがとうございました。」と言う頃には、もう一人のおじさんの姿はすでに無く。
自転車さんも、慣れた様子で、「はい。どうぞ」
見知らぬ人の親切が身に沁みた、一日でした。
それにしても小さな失敗続き、それも、ちゃんと物を整理整頓していれば、防げたミス。
整理整頓・・・やりましょう。そのうち。
サンシュユ(山茱萸)ミズキ科が咲いていました。春黄金花(ハルコガネバナ)というそうです。
今日は、凄いお天気でした。朝は寒いけれど、良いお天気。午後から児童会に行って運動場で子ども達と遊んでいました。4時過ぎに、一転にわかにかき曇り、すごい風、そして霰(あられ)、霙(みぞれ)それから、粉雪。それからぼたん雪。
「ここ本当に大阪?」と言うくらいの吹雪。
よろこんじゃって、雪を口で受けたりしている子ども達を、「風邪引くから」とようやく部屋の中に入れて、びしょぬれになった頭や身体を拭いて、3分も立たない内に、太陽がサンサンと。
「晴れたから外で遊んでもいい?」と言うことで外で遊んで5分も立たない内に、霙、そこからまたさっきの繰り返し。
子ども達は喜んでいたけれど、大人は寒かった~。
午前中は、ピアノのKさん宅で、ワンコインコンサートのプレ伴奏合わせ。
なぜプレかというと、トリオのもう一人フルートのKさんとあわす前に、ご近所のよしみで、自信ないから一度、一緒にあわせといてと、ピアノのKさんのたってのお願いだから、私とだけ。
自信が無いなんて言いながら、もう完璧。
私は本番では2ndを吹くけど、2ndだと訳がわからないから、ほとんどの曲を旋律がわかるように1stを吹かせてもらいました。
声楽家でもあるKさんのピアノは、本当に吹きやすい。
呼吸が深く、どの音も音楽になるという感じです。
久石さんの「君をのせて」を演奏したら、ちょっと違和感。
「ちょっと悲しすぎるわ。これって前向きな歌だったよね。」というと、2回目は、さっきとは全く違う曲。
凛とした決意と勇気を感じる演奏に。
「どうやったの?」と聴いたら、「わからん。感覚やから。あんまり考えてないわ。」
おもしろい!
その後も、小さな曲を何曲か吹いて、
「春が来た、春が来た、どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た・・・。」
と自分で吹いていて、不覚にも涙。
いつもどおりの春だったら、どんなによかっただろう。とふと、頭をよぎったら止まらなくなってしまいました。
あかん。今、目の前のことに全力をあげよう。
枚方市では、被災地から要請があったトイレットペーパーのみを
受付けているそうです。
市のHPに掲載されている内容が以下です。
* * *
《被災地への救援物資の送付について》
個別に大量の物資が送られると、量の多さや仕分けの困難さ、被災者の手元に届くまでの時間差の問題などで、せっかくの善意の物資がかえって、被災地に大きな負担を強いることになる恐れがあります。このため、現地の要請に即して送付することとしています。
○なお、本市では、被災地から要請があった下記物資に限り本日から3日間受付ますので、ご協力をお願いします。
救援物資:トイレットペーパー(袋単位でお願いします)
受付期間:3月15日(火曜日)から17日(木曜日)午前9時30分から午後5時
受付場所:枚方市市民会館大ホール前テント(枚方市役所別館北側)
http://www.city.hirakata.osaka.jp/freepage/gyousei/KI-KANRI/jisintaiou/kyuuenbussi.htm
* * *
やっぱり、昨日は良く眠れませんでした。
13日には、来週のコンサートのピアノ合わせをしてもらいました。
ボザの「アグレスティド」
ピアノは中田百合子さん。難しい曲。ピアノだけで3段あるんですよ。手が何本あれば良いのか?と思ってしまいますが、さすが弾きこなしておられました。
4分の4拍子ゆっくりとした6連符に3連符、5連符、8連符、11連符 などのスケールを登ったり、降りたり・・。
右手の6連符を聞いていると、途中で訳がわからなくなってしまいました。それでも、なんとなく合わせてくれるのがすごいところ。
早いうちにわからなくなってしまったのに、カデンツァまでたどり着き、後半のAndantino、そしてAnimeまで。
後半は8分の5、8分の3、8分の4が交互にでてきて、楽しい変拍子の嵐。
3連符で、ちょっと、スケルツァンドみたいで楽しいです。
こっちはなんとか合いました。
やっぱり前半がひどい。
「右手じゃなくて、左手を聞くんだよ。」先生がたまりかねて言ってくださいました。
確かにちゃんとピアノの左手は4拍子を4分音符で、刻んでいます。
これだけなら、どうと言うことないのに、右手の6連符が入ってくると、途端に私の頭はグルグルしてしまいます。
合わす時間は、30分。結局わかったような、わからなかったような。
後は本番。うーん。大丈夫か私!!?
こういう日は、何を書いたらいいのでしょう?
弔意を表してクローズするのが、正しいような気もしました。
しかし、当たり前のことを当たり前に行っていくことがこういう時には必要だと思いました。不安やパニックは共鳴し、増幅します。
何の根拠がなくても、安心すると決意すること。
安心していると、脳は活発に働き、危機の際にも、最悪の選択をせずにすみます。
そして、不安と同じように安心も共鳴し、増幅する。
人は、周りの状況や、環境を変えることはできなくても、感情は選ぶことができます。最悪の状況は、環境ではありません。孤立です。安心や、優しさは必ず人と人を結び付けます。
こういう時こそ音楽が役に立つのです。
安心の気持ち、優しい気持ち、暖かい気持ち、
私達はパニック状態で、あわて続けるこま鼠の様にもなれますし、タイタニックの船上で、船が沈む直前まで演奏しつづけ、周りの人を癒し続けた名もない楽師になることもできます。
土曜日に「音楽であそぼう!」を小学校でした時に、やはり子ども達は来ていて、親は働いていて、子ども達が安心していられる場所はここしかありません。
子どもは何もわからないと思っている人が多いですが、ニュースや大人の話を漏れ聞いて、よくわからないからこそ、言葉にならない不安に怖い思いをしているにちがいないのです。
今回は、ベルなどの課題を少なくし、子どもが気持ちを、表現することに時間をかけました。
その時、フルートとピアノで演奏した春のうたメドレー(春よこい~春が来た~どこかで春が)を聴いて描いた子ども達の絵がこれです。
これは5人で描いた絵ですが、ほとんど言葉を交わさずにすごい集中力で描きました。
この子ども達の絵からでる強いパワーとエネルギー。
子ども達自身が、不安のパワーを、安心と共同作業のエネルギーに転換した瞬間を目の当たりにした気がしました。
こういうパワーとエネルギーが、これからの日本の地に必要になってくると思います。
この絵をみんなに届けたくて、今日は投稿しました。
梅はバラ科サクラ属ですが、黄梅(おうばい)は名前と違って、モクセイ科です。
「迎春花」と呼ばれています。
今日は寒かったけれど、明日から暖かくなるようです。
3時前に、小学校の運動場にいると、2年生の女の子達が5人ほどランドセルを背負って出てきて、「怖かった。」と口々にいうので、聞いてみると、「地震やん。信じられへん!知らんかったん?」
「すっごい、ゆれたやん。」
「え?そうなの?」そういえば、なんだか教頭先生の声で放送があったような。みんなで、一生懸命聴いてみましたが、何を言っているのかよくわからなかった。
「怖かったの?」
「そうそう、めっちゃ横にゆれたから。」
「それでどうしたの?」
「先生が机の下に入りなさい!っていったから、机の下にもぐったら、もっと揺れてん。」
「津波きたらどうしよう?」
「怖い。」
「ニュージーランド沖の時は60㎝だったらしいよ。」
「この辺は大丈夫じゃない。」
「一人で帰るの怖い。」
仕事を終えて、6時過ぎに家に帰ってみたら、次男が珍しくテレビを見ていて「すごいことになってんで。」と私の顔を見るなり、言いました。
千葉で一人暮らしの義父が気になって、電話しましたが、通じません。
夫に電話してもらおうと思って、電話したら、やっぱりしてるけど通じない。
今は、神奈川から出張してきた取引先の人を、送ろうと新大阪まで一緒に行ったら、新幹線が止まっていて、足止め。
なんとか、淀屋橋の東横インにネットで申し込み、そこまで送っていき、かえって来ました。
チェックインしたら、タッチの差でチェックイン30人待ちだったそうです。
夜になって、ようやく義父の携帯にかかりしたが、こちらの声が聞こえないらしく、「もしもし」とお互いにいうばかり、メールを送っておきましたが、操作できないかもしれない。とにかく声は元気だったので、大丈夫でしょう。
テレビを見ていても、祈る他、何も出来ない私です。
さっきメールが届きました。千葉はだいぶ揺れたそう。ガスが止まっていてつらいと書いてありました。
これは、しめじ。近江八幡のお店で夫が買ってきました。天然に育つとこうなるらしいです。
フライパンで姿のまま、蒸し焼きにすると、水分たっぷりで、癖が無く、とってもおいしかったです。きのこ嫌いの次男は「なにそれ!ゾンビ、化け物!」と叫んでいましたが。
クーラウのトリオop119を4月25日のサロンコンサートでやります。
他の演奏を聴かない人もいますが、私はいろいろCDを聴いて思い悩む方です。
ランパルとクラウディ・アリマニィ、ジョン・スティール・リッターの演奏。
ランパルは生きが良くて、1楽章から軽快で、3楽章は疾走しているようです。2ndはよくついていっています。ピアノが、キラキラしていてとても華やかにフルートを支えながら、ソロをさらっていきます。
とにかく明るくって華やかで、楽しい。
マクサンスー・ラリューと、アンドラーシュ・アドりアン、占部さんのピアノは、ラリューの音がとにかく、信じられないほど美しい。
生でも聴きましたが、つやつやしていて、ルーブル宮殿の洗練された豪華なサロンが目に浮かぶような音です。
アドリアンはマスターコースに出た時、「アンサンブルで、自分の音が通らないような気がするのですが、どうしたらいいのでしょうか?」と言う質問に「アンサンブルで誰かの音だけが特別に通って聴こえたりしたら、そのアンサンブルは成功したとは言えないです。」と応えていました。
その通りの演奏で、影のようにラリューを支えています。ソロには、キャラクターを一瞬にして変え、華やかなラリューの演奏を踏襲して見事です。
フレンチスクールの、音と言うことで、二組の演奏は、ともに、明るく、軽妙ですが、3人のキャラクターの絡み合い方は違いがあります。
ソロもいいですが、アンサンブルは人と対峙したときに、役割をあたらえられたとき、どういう表現をするか?ということが、示唆的に垣間見えてとてもおもしろいです。さて、私達はどう組むのでしょう?
楽しみです。
ラナンキュラスは。キンポウゲ科、今の姿はビクトリア・ストレイン系を品種改良されたものらしいです。このゴージャスな花に「ラナンキュラス」蛙の足と言う意味だそうです。葉が蛙の足に似ているから・・・それにしたって!と思うのは私だけ?
今日はボーンズ フォー ライフ。
良い音をだすには、姿勢が大切。とわかっていても、なかなか良い姿勢を保つのは難しいです。そういう私も姿勢が崩れやすく、悩みの種です。
自分ひとりで練習している時に、うまく演奏できても、人前にでると、緊張して体はこわばって動きません。そんな時は、自分の手足どころか、体自体への意識が吹き飛んでしまっています。
今日は、視線を水平線に保ちながら、足の裏が床にどう接着しているか?と言うことを意識する。と言うことをしてみました。
簡単なことのように思えますが、集中して体の状態を見ようとすると、目を閉じてしまったり、視線を落としてしまったりします。
他の人がいる状況、楽譜を見ながら、フルートを吹きながら。全てこういうシンプルな動きの延長にあります。
それから、もう一つ。
自分がうまくいっていないと思う所を、見つけること。見つけると、そことは反対側を、うまくいかないところと同じようにするということにチャレンジしました。
仰向けになってみて、右の肩甲骨の動きが固くなってギクシャクしている事に気付いたら、反対側、左の肩甲骨を右と同じように固めてみます。
右と同じようにしようと思えば、右の肩甲骨がどう凝っているのか?床への着き方はどうなのか?右を変えずに観察し、知らなくてはなりません。
良く見ないと、左を同じようにはできません。
何かをさせようと強制することと同じように、放任するということはネグレクト。自分への「暴力」です。
良く見たり、良く知るということは「暴力」の反対で「愛」。
人は、赤ちゃんの頃を覗いて、みんな例外なく、「愛」の部分と「暴力」の部分を持っています。
「愛」の部分を増やしたければ、弱さと師として、理解すること。
出来ないフレーズを変えようとして、打ち消そうとしたり、失敗を無かったことにしようとしても、ますます混乱してしまいます。
何とかしようとする前に、そこにとどまって、そのフレーズを理解しているのか?自分がどうなっているからできないのか?まず理解することが必要です。
自分の体の中で起きていることを、理解すれば、その現象は、いつの間にか緩和されています。
知るということが、自分に勇気を与えることになるのです。
弱い右は理解されると、勝手に固さをほどきます。
こういうことが、自分の身体に起きると、自分は自分について無理解で、無知で、暴力的なことがわかりますが、構造が理解できたことで、一つ積み上がった気がして、自信がでて、前より強くなったような気がします。
午前中は子育てサロンに、声楽のKさんにきてもらいました。
音楽療法士で、障害の子ども達とも長く関ってこられたKさんは、「静かにしなさい。」とか「次はこれをして。」とは、言いません。
それでも、子ども達はじっと聴いています。
「「どこかで春が」「お花がわらった」をフルートを入れて。」と頼まれて、編曲。
むずかっていた子どもも始まると、じっと聴いてくれました。
チューリップの歌を歌いながら、赤や黄色のスカーフを丸めて手の中に握りこんでおいて、子どもの目の前に来て、開きます。すると、スカーフが広がって、お花が咲いたよう。子どもは目を丸くしてみています。
スタッフもお手伝いして子ども一人一人の目の前でお花を咲かせ、そのスカーフを渡し、今度は子ども達がお花を咲かせて、部屋一面にチューリップが咲きました。
布を籠に入れてもらいながら立ち上がったところで、「パンダ、うさぎ、コアラ」をピアノで弾いて歌いだすと、みんながフリをつけて歌いだします。
歌は、いつのまにか「ぞうさん」になったり、「アイアイ」になったり、「ミッキーマウスマーチ」になったり、お母さんと手をつないで、音楽に合わせて、リズムに合わせてただただ身体を揺らします。替え歌で「お返事してくれる。はーい!」というと、一緒に「はーい!」「次はジャンプ。行くよ、ジャーンプ!」子ども達は来るぞ来るぞ止まっています。
ひとしきり踊ると今度は座ってお母さんのお膝に子どもを乗せて「お馬はみんなぱっぱか走る」
「どうしてなのか・・」の所に来ると、ゆっくりと横揺れ「だけど」で一挙にスピードが戻ります。何回かすると、子ども達は待ち受けていて、大声で笑い声を上げています。
「おかあさんっていいにおい」を歌う頃には子ども達はすっかり満足して、おかあさんに抱かれました。
最後には、「しゃぼんだま」を歌いながら、本物のしゃぼん玉を一人ずつ目の前でしましたが、うっとりと触ったりして、終わりました。
本当に、「これやって、」とか「あれして」と言わなくても、どんどん次のプログラムに子ども達が、集中して取り組みます。
「お片づけ」の歌とか、場面転換に使えそうな音楽も教えてくれました。
プロの技を垣間見ることができて、スタッフのみんなも、よろこんでくれているようでした。私もお手伝いが出来て楽しかった。
地域のボランティアが運営していて、手遊びでも、読み聞かせでも、保育でも、アマチュアということでやっていますが、それでもずっと関わっているスタッフは、少しでも良いものを提供したいという気持ちはあります。
今日も、いろいろ聞いて生かしたいと、終わってからもKさんに質問したりして、スタッフの心意気にも、感動しました。私もべんきょうしなくっちゃ。
土曜日に風邪をひいて、治ったのですが、それから、花粉症がひどくなったようで、鼻水スルスルで苦しいです。鼻に入れる薬も2時間くらいで切れてきます。
鼻水をたらしながら、今日は、生徒さんたちと、ピアノのSさんと勉強会。
近くの公民館・・・生涯学習センターの音楽室で、普段レッスンしている曲を、持ち寄って発表し、共通するアドバイスをし、お互いに受講し、聴講しあうというものです。
姿勢や、持ち方など、自分が当事者になると、なぜ必要か?などがわからなくても、他の人がアドバイスを受けて、音が劇的に変ったりするのを見ると、客観視できて、正しい姿勢がなぜ必要なのかが、腑に落ちたりします。
頭でわかっていても、なかなか、癖が取れなかったり、どうしても先生の言うことが実践できなかったりする時にお勧めです。
一人で演奏できる曲は少なくても、他の人がしているいろんなスタイルの違う作曲家の曲を聴くことで、自分が今やっている曲の作曲家との共通点や、違う所などが、明確になってきます。
今日は、ヘンデルのソナタ、バッハの管弦楽組曲からポロネーズ、ゴッゼックのガボット。オペラを得意としたヘンデルと、器楽的なバッハ、同じ踊りでも、3拍子のポロネーズと4拍子のガボットと、おもしろい対比を見ることができました。
一人ずつのレッスンが終わった後は、お楽しみ、ソロや、トリオや、デュオなどの演奏をしました。
タイスの瞑想曲をフルート2本と、ピアノで演奏。
これは、普段も練習していてなかなかうまくいきました。
主よ人の望みのよろこびをは、ヴァイオリンも習っているTさんと演奏しましたが、長い休符を数えられなくてバラバラに。ごめんなさい。またリベンジしましょう。
カルメンのハバネラも練習していた成果うまくでました。
部屋を借りた3時間はあっという間に過ぎ、終わった後は、みんなでランチにいきました。
イタリアン「ラ・バンナ」おいしかった。
またやりましょう。