酸素マスクをはずしても酸素量が安定し、ケイカン栄養も吸収し始めて、全身状態が落ち着いたのと、入院してから3ヶ月が経過したので、そういうことになりました。
今は、顔色も赤みを帯びてつやつやし、眉根のしわも心なしかほどけてきています。
そしていつも気持ちよさそうに寝ています。
お隣のベッドの方が(同室では軽症でリハビリに励んでいます)
「お宅のお母さん、おとなしいわ、うんともすんとも言わないで静かダッチャ。」と言います。そして、「お母さん、几帳面だっただろ。」とも。どうして分かります?と聞いたところ
「おんなじような病気のほかのもんは、みんな口をぽかんと開けて寝ているけれど、お母さんは、ぐっと口をかんで寝てるねかや。」とこうきました。おおーー、恐るべし80歳の観察力!!私は思わず大笑いしました。
斜め向かいの付き添いの方はもう11年も義母さんを看ているという方。
「お宅のお母さんもうちの○ちゃんも、まだ逝きたくないっているのよね。送るまで看てやらんならん。」と、たんたんと言います。
母を見ているともやもや何やらざわめく時がある私は、その言葉に「そうだな、送るまで看てやらんならんだ。」とすごく納得して、胸にすとんと落ちるものがありました。長い間介護を続けてきた人は、覚悟が違います。
お隣のベッドの方は、奥様がもう7年も病気に。ご主人が一生懸命朝から晩まで介護しています。そして、痰のとり方や、清拭の仕方や、オムツの変え方等々を看護師さんから習っています。
「退院したら、俺一人で看んならんからの。勉強せんならん。」そして、
「生きとるとのお、考えんならんことばっかりだっちゃ。」とも言います。
78歳のその方の重みのある言葉には、首うなだれるばかりです。
父は要介護2が認定されました。
しゃんしゃんと歩いたことを反省したのか、主治医の意見書を書いていただきに行った時は、私の言いつけを良く守りました。いわく、「とうさん、先生には物忘れが激しい、と言うから気を悪くしないでね。」と断りを入れたら、自分から「近頃なんでも忘れて・・・・」と。でも、事実なんですから。ほんとに。先生は「当然です。」とおっしゃっていましたが。
これでヘルパーさんに来てもらえます。私の肩の荷がぐっと軽くなりました。