長野県は飯田を南下する。豊橋行き554Mとの競争も30分以上クルマのほうがリードしている。
ここで目に入ってきたのが天龍峡の文字。天龍峡か・・・。このまま豊橋まで南下してもいいのだが、少しは途中下車してもいいだろう。この夏に554Mのほうに通しで乗車した際は飯田で昼食を買いに出たくらいなもので。
ということで、寄り道で天龍峡に向かうことに。天竜峡駅には近く廃車になるという119系が並ぶ。
駅近くの駐車場にクルマを停め、しばし遊歩道を散策する。10分ほどで天龍峡にそびえる天龍峡十勝の一つ「龍角峯」を対岸に臨む。この岩は天龍峡に近い下條村出身の俳優・峰竜太の芸名の由来になったというただし書きがある。天竜川の深渕に棲んでいた龍がある時天にのぼった際に、その龍の化身としてできた岩だという言い伝えがあるとか。その龍にあやかっての命名ということかな。
その向こうのつつじ橋に出る。ここを渡って対岸に行くと渓谷を一回りということになるのだが、この吊橋である・・・。結構高い。そして高いのがアカンということで、意気地なしと思われるかもしれないがここで「撤退」ということにする。峡谷は少し見たということでよしとさせていただく・・・。
道を引き返していると列車の警笛が響く。どうやら、554Mがちょうど天竜峡駅を出発したところだ。ここでまた列車が先行する形となり、そろそろ私も出発する。
ここから列車は「秘境駅」ゾーン、国道を行くマイカーは山深い区間を行く。勾配がきつくなった。そして県境が近づくと車線も減り、道幅も狭くなった。国道ではなく「酷道」の部類に入るだろう。こんな区間が30キロ以上続く。私のキューブはこういうところではややパワー不足で、こういう時に限って後ろからワンボックスカーがあおってくるものだから正直イラッとする。何のためにこんなことをやっているのかなという気もしてきた。
いつしか道路は愛知県に入っている。三河の山奥深くである。道は東栄に入り、久しぶりに飯田線の線路が見えてきたときはほっとした。秘境駅を回っている間の峠越えでまた列車を追い越したようである。
後は坦々と進むはず・・・だが、クルマの場合は交通量が多くなると信号停車、渋滞が発生する。新城の市街地に入ると途端にクルマの流れが悪くなり、なかなか前に進めない。結構あった貯金も三河一宮辺りで全て使い果たしてしまった。
ただ最後、豊川から豊橋駅にショートカットする道路がある。ここは流れがよく、このまま順調に行けば最後に逆転して・・・。
そして終着点となる豊橋駅前のロータリーへ。時計は・・・と見ると15時56分。列車の到着は15時54分ということで、結局列車が2分早く到着。ということで、飯田線の鈍行列車と国道を行くマイカーの競争は、飯田線の勝ち。
でもまあ、途中アルプスの山々を眺めたり、駅舎を眺めたり、天龍峡に立ち寄ったりと、列車を乗りとおすことでは味わえなかった楽しみを感じることができた。6時間以上走って2分の差なら、ほぼ同着といってもいいのでは・・・。
豊橋からの帰りは東名高速には乗らず、このまま渥美半島を横断。やってきたのは伊良湖岬。ここから鳥羽までの伊勢湾フェリーに乗る。数ヶ月前の話では9月30日限りの廃止が決定していたが、経営を地元自治体に移管することで廃止が撤回されたという航路である。
旅客での利用はあるが、クルマでの乗船は初めて。17時30分の最終便に乗る。
クルマは20台ほどあったが、全体の乗船率としてはガラガラ。久しぶりに運転台を降り、デッキで潮風を受ける。いい休憩、リフレッシュになる。あいにくと雲が広がっていてサンセットクルージングとはいかなかったが・・・。