ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

2008年09月30日 | 家族とわたし
旦那が目を真っ赤にして、台所で洗い物をしているわたしのところにやってきました。
「デイヴがあと2週間ぐらいしか生きられない」
そう言ったかと思うと、わたしの前で初めて声をあげて泣きました。

デイヴは、旦那が大人になって初めて会社員として働いた会社のちょいワル先輩。
年は親子ほど違うけれど、ウマが合うのか、いつも一緒にランチを食べたり遊んだり、
組織の嫌いな旦那の仕事上の鬱憤を、アホなジョークや美味しい食べ物で、ゆる~く溶かしてくれた人でした。

彼の仕事っぷりは、それはそれは不真面目で、筋金入りの浮き世雲タイプ。
会社の羽振りのいい時は見過ごしてもらえたけれど、少し雲行きが怪しくなった時、まず1番にクビになってしまいました。
旦那のその時の落胆ぶりはすごくて、彼の後を追って自分から辞めちゃいそうなほどだったけれど、
その後しばらくして、めでたく旦那もクビになり、デイヴを家に呼んでは、ボク達失業者ペアだもんね~と楽しそうにギターとかを弾いてました。

BACK TO THE FUTUREのドク博士(クリストファー・ロイド)似の、ちょっと爆発した髪の毛のボヘミアンなデイヴ。
うそつきで、食べ物にめちゃくちゃうるさく、いい物にこだわり、お金にだらしなく、一所懸命働くのが嫌いで、恐がりで、
コツコツ何かをしたり、頑張ったりするのも苦手で、チャーミングで、優しくて、女にやたらとモテた、わたしの父と似ています。
なので、わたしも旦那と同様、彼のことが大好きで、よく家に遊びにおいでよと呼び出しては、楽しく時間を過ごしました。

ここ数年、新たな仕事にもつかず、かといって貯金など一銭も無く、ニューヨーク州の北の山の中の借家で細々と暮らしたり、
クィーンズに住む息子の家に泊めてもらったり、ニューオリンズに住む娘の家に泊めてもらったり、
ガールフレンド(わたし達の家のエージェントさん)のアパートに転がり込んでは、大喧嘩して飛び出したりと、
どことなくホームレスっぽい生活が続いていました。

そして去年あたりから、かなり体がしんどいというのを聞いて、旦那はせっせと無料で鍼を打っていたのだけれど、
治療の始めにいつも診る脈拍から、デイヴがとても深刻な病気を発症していると感じ取った旦那は、
何度も何度も彼に病院に行って検査を受けるように説得していたのでした。
でも、この国は、前にもお話したように、普通に生活できている者でも、保険を持つことがとても難しい。
彼のような状況の人など、ほとんど不可能です。
保険を持てないまま生活している人が、ここにはびっくりするほどいます。
そして、それが理由で病院に行けず、もちろん検査も受けられず、重症になって初めて病院に駆け込むか、それもできずに家で死んでいくのです。

7月の初め、家探しをしていたわたし達に付き合って、少し気怠そうにしながら、一緒に家回りをしてくれたデイヴ。
今買おうとしている家を、彼も1番気に入って、ここの壁を塗るのに俺を雇ってくれよと、ニコニコ言っていた彼。
そして、あと1年我慢したら、俺、年金もらえるんだと、とても楽しみにしていた彼。

その後すぐに、自分でも相当辛くなったからだと思うけれど、彼はとうとう病院に行って検査を受けました。
C型肝炎から発症する肝臓癌末期。それが彼に伝えられた病名と状況でした。

彼の家族が勢揃いし、ニューヨークにある、世界でも有数の癌専門の病院の医者に診てもらい、病院の近くにアパートも借り、
デイヴの望みも考慮に入れた治療が始まって2ヶ月が経ちました。

旦那は、彼の好きそうな食べ物をちょこちょこ集めては何回もお見舞いに行ったのだけど、わたしはまだ1度も行っていません。
明日は、ユダヤ教のお祭りで学校が休みなので、レッスンを朝に変更して、初めてのお見舞いに行くつもりでした。
日本食の、普通のお惣菜だけど、デイヴはいつもわたしの作った料理を美味しい美味しいとパクパク食べてくれていたので、
そういうのを2,3品持ってって、無理矢理食べさせてやろうかな、なんて思っていました。
旦那が行くといつも、まうみはどうしてる、まうみはいいヤツだ、と言ってくれたデイヴ。
わたしは明日行って、彼のゴツゴツした手を握って、肩とかも抱いて、彼の温かさをギュウッと覚えようと思います。

家に帰りたがっていた父が、奇跡のように体調が良くなり、お正月の三が日だけ戻れた時、
「マッサージの天才って呼ばれてるねん」と言って、マッサージの押し売りをしたわたし。
どこもかしこも、骨と皮だけになって、今にも折れてしまいそうな父だったけれど、
生きている命の温かさが嬉しくて、わたしはついつい強く揉んでしまい、
「痛たたたっ、痛いがな~」と、掠れた声で、父は何度も何度も文句を言いました。
わたしは泣きそうになるのを必死に堪えながら、父を殺そうとしている癌を、なんとかして揉み出せたらいいのに、
わたしの手のひらから、そういう魔法の力が出て、父がお腹いっぱい好きな物を食べられるようになったらいいのに、
そんなことを考えながら、父の温かい背中や肩や足や手を触り、彼の命がまだそこにあることを感じていました。

明日、また押し売りマッサージしようかな。
わたしは泣き虫なので、今のうちにいっぱい泣いておいて、明日は笑って彼に逢おうと思います。
余命とか、残された時間とか、そういう言葉は口にするだけでも暗い気持ちになるもの。無視しましょう無視っ!
年金もらえるのをあんなに楽しみにしてたんだから、おいデイヴ、今頃くたばってる場合か!
奇跡ってのは結構起こってるんだよ、あちこちで。
そういうの、ちょっと起こしてみない?
わたしはそのネタをいただいて、ちょっくらいい話を書いて印税をもらい、デイヴは年金をもらう。
こりゃいい話だわ。笑いが止まらんわ。デイヴ、乗る?