ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

桃色対策とどうってこともない話

2012年02月07日 | お家狂想曲
うちの二階の浴室は桃色。
この家を、最初に見に入った時、旦那もわたしも、この桃色タイルにショックを受けた。
ふたりとも、桃色が苦手なんである。
もう少し正直に言うと、嫌いなんである。
おまけに、前のオーナーの老夫婦は、生前ずっと二階だけで暮らしていて、世話も面倒になっていたのか、床も所々剥がれていた。

わたしは即、この家を買おうと思ったけれど、引っ越してもこの二階の浴室だけは使うまい、と勝手に決めていた。
それで、ほぼ二年近く、決めた通りに、一階のシャワー室だけを使ってきたのだけど、
去年の秋に帰省した時、やっぱお風呂に浸かるのはええなあとつくづく思ったので、
あの桃色部屋で過ごすことに対する抵抗を少しでも和らげる(←おおげさ?)ための手段を考えた。
けれども、その手段は、すご~く注意して考えなければならない。
うるさい男がいるからである。
模様の種類、色合いや感じが、奴の気に入るものでないと却下されてしまう。

なので、これを見つけたものの、この感じがどうも奴の嫌いなタイプっぽかったので、一カ所だけやってみた。


アイスキャンディの棒みたいなんで、ゴシゴシ擦って写し絵するやつ。
これはたまたま、ボタンを買いに行った店で見つけたもので、デザインはともかく、色合い的にはオッケーかと思って買った。
予想に反して、旦那も気に入ったようで、これを少しずつ、うるさくならない程度に、増やしていく予定。

ところが……、
この緑のラグ(床の剥がれた部分を隠すため)を見た旦那。
「あんたの色彩感覚を疑う!」と、思いっきり呆れた口調で言い出した。


写真の、ヒーターに近い部分の、ちょいと見えてる緑色のんがそう。
ええぇ~!とびっくりするわたしに、
「どうしてこの部屋に、こんな色を加えるの?これしか無かったの?それとも思いっきり安売りやったってこと?」とガンガン言い足す旦那。
「桃色を抑えるために、わざわざこの色を選んで買うたのに」と言うと、やれやれ……という素振りをしながら出て行った。

さらに、これはちょっと、わたし的にも普段は絶対に買わない種類の物……。

 
二年半ぶりに替えたシャワーカーテンと一緒に買ったワゴン売りの超~安かったカーテンリング。
これも指差して「このチャラチャラしたのはもぎ取る」と言う……およよ……。
 


さて、この家に引っ越してからずっと引っかかっていた、もうひとつのちっちゃいこと。
それはヘアドライヤー。
かなり古くなっていたが、それなりに使えていた。
ところが、半年前ぐらいから、使用中に柄の所の一部がどんどん熱くなってきて、最近ではもうヤケドをしてしまうぐらいになっていた。
なので、ついでに買おうと売り場に行き、息子がマイナスイオンが出るのがいいと言っていたのを思い出して選んだ。
けれども、どこを見ても値段が書かれていない。
箱からすると、ちょいと高そうだったけれど、まあレジで聞いて高かったらやめようと思い、抱えて行った。


「いくらですか?」
「9ドルです」
「え?」
「9ドル」
「9ドル……」(これ以上聞いて、この数字が上がるのは良くない。このままでいってまえ)
いやはや、こういう時の心の葛藤ったら無いわけで、しかもそれを見せるわけにはいかず、ものすごい速さでいろいろ考えるのである。

というわけで、9ドルで手に入れたヘアドライヤー。
家に戻って箱を開けようとすると、あれれ?もう開いているではないか……。
しかも、中身が取り出された形跡がありまくりではないか……。
結局、熱風が出てくる先っぽにつけるプラスティックのノズルが無いことがわかった。
まあでも、どっちにしてもいつもノズル無しで乾かすので、ええんやけどね。
けど、そういう事情で安くなってるならなってると、一言説明してくれてもええんちゃうかと思ったりもする、
アメリカ生活12年目の、ある冬の午後なのであった。
コメント (4)
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ずっと「お任せ」で済ませてきた悪習との決別を、原発事故が起きた今でなくていつやるの?by想田監督

2012年02月07日 | 日本とわたし
観察映画作家の想田和弘監督。
まだ一度もお出会いしたことはない。
このブログを始めるきっかけを作ってくれた(というより強引に始めさせられた陰の創始者?)友人Kちゃんが、
マンハッタンで映画作りの勉強をしていた時に、彼の仕事の手伝いをしていて、彼のすごさをいろいろと聞いていた。
いつか直に話ができたらいいなあと、今もひとりであれこれ妄想している。

彼の作品の『選挙』『精神』『PIECE』、まだ部分的に観ただけやけど、
初回作の短編『ア・ナイト・イン・ニューヨーク』を観て大笑いし、ますますファンになった次第。
その想田監督が、原発の存廃を巡る直接投票について、彼の考えをツィートで連投しはった。

わたしが普段、もやもやと思いながらも、きちんとまとめられずにいる考えを、見事に言葉にしてくれはったので、ご本人の承諾を得てここに転載させてもらう。



『原発の存廃を巡る直接投票について、色々な意見をいただきリツイートした。
そこで僕の考えを詳しく連投する。
2012/01/11 13:32:00~14:58:10

・まず、この問題は、原則論と戦略論を分けて考えた方がよいと思う。
最初に原則論。
原発の存廃は、国民投票や住民投票で決めるべき事案かどうか?
僕はイエスだと信じる。
なぜなら、原発は、国民ひとりひとりの生存や財産に、重大な影響を及ぼしかねないから。

・「原発の是非も選挙で決めればよい」という人もいるが、選挙は人や政党を選ぶので、個別の事案について意志を表明しにくい、という難点がある。
この候補者、医療や福祉政策については自分と意見が同じだけど、原発については意見が反対……という悩みがその典型である。
 
・つまり、直接投票には、議会制民主主義の難点を補う役割がある。
原発の是非は、それだけを抜き出して、民意を問うに足る事案だと思う。
以上が原則論。
この点については、脱原発派で直接投票に否定的な人も、賛成してくれるのではないかと思う。

・では、戦略論としてはどうか。
脱原発派で直接投票に反対の人は、たぶんこの点で不安を抱いている。
つまり「負けたらおしまいではないか」、という懸念である。
しかし、負けたら本当におしまいなのか?
欧州での事例を振り返れば、答えは否である。

・例えば、スイスでは、チェルノブイリ事故などをきっかけにして、過去に6回も原発に関する国民投票が行われている。
その度に、設問も懸案も異なり、結果も脱原発側に振れたり、逆に振れたり。
つまり、選挙と同じで、勝ったり負けたりするわけだ。
国民投票はいつでも発議できるわけだから、当然と言えば当然。

・では、直接投票をせずに、現状の流れで推移していけば、脱原発は実現するのだろうか
投票反対派の人は、たぶん「実現するのではないか」と期待しているのだろう。
だからこそ「負けたらどうする?」と不安になる。
でも、そんなに楽観的でいいのだろうか。

・政府は、「原発の寿命は40年」とする法案を提出する。
これは「40年間は廃炉しない」意志とも読める。
例外を認める条項もあり、脱原発を決意しているとは到底思えない。
憶測だが、むしろアメリカがスリーマイルから30年を経て、原発新設を復活させたようなシナリオを描いているのではないか。
 
・少なくとも、耐用年数のきてない現存の原発を、積極的に廃炉にしようという動きは政府内にはない。
つまり、ほとぼりが冷めたら、再稼働させる意志があることは明白だ。
それもなし崩し的に。

もちろん、新増設はしばらくできないだろう。
しかし、今から30年したらどうか?
アメリカのように?
 
・このような状況を鑑みるに、今の状況を放っておけば、僕は原発は維持される公算が高いと思う。
つまり、脱原発はずるずると、土俵を割るように負けていく。
というか、原発の導入以来、いままでずーっと負け続けてきたのだ。
残念ながら、それが続いていくのではないかと僕は思う。
つまり不戦敗。

・このような理由で、僕は原則論からも、戦略論からも、原発直接投票に賛成である。
僕は、チェルノブイリの頃から脱原発派で、地球上のすべての原発は、ただちに廃止を決めるべきだと思う。
だから、直接投票で脱原発派が負けることは、もちろん恐れている。
しかし、それでも投票を実現すべきだと思う。

僕は、負けることを恐れるのではなく、たとえ負けても、何度でも挑戦する粘り強さを保とう、と提案したい。
少なくとも、不戦敗よりはマシである。

また、たとえ脱原発が、とりあえず否決されたとしても、得票数によっては、その後の政治に大きな影響を及ぼす可能性がある。

・それに、直接投票が実現すれば、国民的な議論が起きる。
原発は、我々の生命や財産を左右する一大事だが、それについてすら僕らは、「お任せ」で済ませてきた。
この悪習を、断ち切る必要があるのではないか?
福島原発が事故を起こした今でなくて、いつそれをやるのだ?
というのが、率直な思いである。

・ちなみに、「みんなで決めよう原発国民投票」は、「脱原発をしよう」と呼びかけているわけではない。
にも関わらず、その賛同者の大半は、脱原発派だと見受けられる。
たぶん、原発推進派にとっては、投票無しに、現状で推移していくのが最も好ましいのだ。
でなければ、推進派も、国民投票に熱心になるはず


・ついでに言うと、国民投票は本来、原発に限らず、消費税とかTPPとか、国論を二分する重大事案について、利用できるようにすべきだと思う。
特に、「議会制民主主義」が完全に壊れてしまっている今、国民の意志を政治に反映するには必須だと思う』
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都会で処理できるくらい安全な瓦礫なら、岩手で処理させてくれ!

2012年02月07日 | 日本とわたし
おかんとおとんの原発いらん宣言 http://okaton.blog.fc2.com/ブログを紹介します。

Author:おかとんさん
原発いややなあと思っている子育て中のおかんが集まりました。
ほぼおかんばっかりなんですが、おとんはみな後ろでおかんをちゃんと支えてくれてます。
だから、おかんとおとんです。

最近の記事(2月4日)に、郡山から大阪に避難されている女性の思いが綴られていました。

郡山から大阪に避難して今思うこと おかんの日記


私は、福島県郡山市から大阪府堺市に、
小学生のこどもたちを放射能から守るため、
母子3人で自主的に避難してきました。

夫は、いまだに福島に残って仕事をして、
生活を支えてくれています。

避難してくる前に住んでいた福島県郡山市は、
原発から50~60キロ離れたあたりにあり、
国が定めた避難地域に入っていません。
しかし、いまだに放射線管理区域である0.6マイクロシーベルト/時を超える、
0.7マイクロシーベルト/時の空間線量があり、
非常に放射線の高いホットスポットも存在するところです。

そのため、自主的に避難する人と、避難しない人に分かれる地域です。

そのため、311に大地震が起こり、
原発が爆発してからずっと、
放射能から避難すべきか悩む日々が続きました。
パソコンがなかったため、テレビにかじりついて、
いつ避難指示が出るのか、
どういう状態ならば避難してもいいのか、
判断材料を求め続けました。

しかし、枝野大臣は「ただちに健康に影響はない」というばかりで、
判断材料となるべき情報を何も示してはくれませんでした。

早い段階で、SPEEDIの情報を公表してくれていたら、
原発が大爆発する映像をテレビで流してくれていたら、
もっと早く避難できて、
こどもたちに余計な被曝をさせなくて済んだのに……と、
悔しくてなりません。

何も知らず、避難地域に指定されなかった郡山は、
たいした被害はないのだと思いこんでしまいました。
危険な状態なら、国が何もしない訳がないと思っていました。

そんな中、高い放射能が降る中を、
地震の影響で断水で水が出ないため、
スーパーにもほとんど物資がない中、
生活するための水や食料を得るため、
スーパーの長蛇の列にこどもたちと並んでしまっていました。

それから、私の小学生の長男の体には、
異変が起こりはじめました。
口内炎、湿疹、発熱、鼻血などの症状が出てきたのです。
その時には、まだ知りませんでしたが、
それはチェルノブイリ原発事故の後に、
その周辺の人たちに多く表れた、
放射性物質による健康被害の初期症状そのものでした。

そうした症状は、私の長男だけでなく、
多くの福島県に住むこどもたちや、
東北・関東に住むこどもたちにまで、広くでています。

例年とは違うこどもの体調の変化に、
多くの母親は直感的に危機感を感じ、
データをインターネットで調べて確信を深め、
様々なものを失いながらも避難を決意しています。

もし今、母親の私が避難を決意しなかったことで、
大切なこどもたちが3年後5年後10年後に
命を失うような病気にかかったとしたら、
命を失うとしたら、
私は自分で自分を許せないだろうと思いました。

枝野大臣が言い続けた「ただちに健康に影響はない」とは、
「いずれは健康に影響がある」ということです。
テレビなどでは大々的に公表はされていませんが、
すでにチェルノブイリ原発事故の時のデータでは、
事故から3年後から甲状腺ガンが増えはじめ、
10年後にピークに達していることは分かっています。

ただちに、健康に影響はなくても、
放射線を浴びつづけたら、
近い将来、健康に被害があらわれることは、
すでに分かっているのです。
自分の命に代えても惜しくないこどもたちの命が、
脅かされているとしたら、
何を失っても避難しなくてはと思い、
福島第一原発から600キロ離れた大阪まで避難してきました。

しかし、その安全だと信じた大阪が、今、
放射性物質のついた震災瓦礫を受け入れようとしています。

大阪で受け入れるのは、岩手の瓦礫ということですが、
京都で燃やされようとした岩手の松から、
セシウムが検出されたことがニュースになったように、
岩手といえども、すでに放射性物質に汚染されているのです。

その瓦礫を大阪で焼却したら、今、
奇跡的に汚染を免れて安全な大阪までも、
放射能汚染されてしまいます。

私たちは、放射能からこどもたちを守るために、
はるばる身寄りのない大阪まで避難してきたのに、
その大阪までもが汚染されてしまったら、
私たちはどうすればいいのでしょうか?

震災瓦礫を大阪で受け入れることによって、
私たちのように被曝したものは、
更なる命の危険に脅かされるばかりか、
今まで被曝していない大阪のこどもたちまで、
被曝させる危険があるのです。

大阪の人たちにまで、
私たちと同じ苦しみを味わってほしくありません。

福島でも、原発は安全かのように言われていましたが、
今回の事故によりたくさんの人が健康に被害を受け、
将来に不安を抱え続けることになりました。

大阪でも、瓦礫の受け入れは安全かのように言われていますが、
それを鵜呑みにして受け入れたら、
福島の二の舞になってしまうと思います。

瓦礫の受け入れが、
被災地の支援のように言われていますが、
私はそうは思いません。
大阪で処理できるくらい安全な瓦礫なら、
岩手で処理したいと陸前高田市長は言っています。
その方が被災地の処理業者が潤いますし、雇用が生まれる
からです。

被災地の支援をしたいという気持ちには、
とても感謝していますが、
瓦礫の受け入れだけが、被災地の支援ではないと思います。

被曝しても死なない瓦礫を受け入れるより、
いまだに被曝し続け、
命を脅かされている福島のこどもたちの避難を受け入れること、
その方がずっと、命の方を向いた支援
だと思います。

いまだに、福島に残るこどもたちはたくさんいます。
放射線管理区域以上の空間線量が存在する中を、
放射能汚染された食品を食べさせられて暮らしています。

私たちが住んでいた郡山の学校では、
避難したのはクラスで3人しかいません。
割合で言うと、避難したのは一割で、
残り九割のこどもたちは残っています。

そして、郡山の学校給食では、
去年高い放射能の降った土に育った米を使用したご飯や、
セシウムが18ベクレル検出された牛乳を使用しています。

保護者が、そうした給食を改善するように、
教育委員会や学校に働きかけても、
今までの業者との繋がりがあるからと、改善に至っていません。

また、郡山のこどもたちが集団疎開できるように、
避難の権利を求める裁判をおこしましたが、
棄却され、控訴している
ところです。

郡山の友人には、せめてこどもに給食の牛乳を飲ませないように、
ご飯は安全な産地のものを自宅で炊いたものを持っていくように頼みましたが、
ムラ意識のせいか、「みんなと違うことは、できない」と、
そういった防護すらできない状態です。

チェルノブイリ原発事故のデータから、
被曝してしまったこどもたちでも、
安全な場所に短期間でも避難して、
安全な空気を吸い安全な食べ物を食べれば、
深刻な病気から免れていることが分かっています。

どうか、被災地に遠慮なく、
震災瓦礫の受け入れ反対の声を上げてください。
そして、瓦礫の受け入れより、
避難者の受け入れに目を向けてください。
いまだに、原発から20キロ圏内以外の、
放射能汚染から避難するための補償はされておらず、
それが経済的負担となり、
命を救うための避難を妨げています。

瓦礫受け入れに反対して、
避難できる安全な大阪を守っていただくことが、
福島をはじめとする被曝し続ける人たちの、
命を救う支援になります。

これ以上、福島の悲劇を繰り返さないためにも、
大阪が汚染されないように、
瓦礫受け入れを防ぐこと、
よろしくお願いします。



おかんとおとんの原発いらん宣言ブログでは、大阪府の汚染がれき受け入れに対する反対運動をやってはります。
スタッフの皆さんの持ち出しで頑張ってくださってます。
大阪府にがれきの件で質問状を提出しても、一ヵ月もかかって返送されてきた回答はまるで答える気も考える気も無し丸出しのもの。
役所も役人も、いったんこうせなあかんという指針が決まったら、指定された行動をインプットされたロボットみたいなもんです。
人間を相手にしてると思たらあきません。
めっちゃぎょうさんの市民の身体を張って、その指針とやらの壁をなぎ倒すことでしか解決の道は無いんです。
どうか、こういう活動をしてはる方々を、どんな形でもいいので、支えてあげてください。
お願いします。
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