目に見えるもの、目に見えないもの。
形があるもの、形がないもの。
気功や道教を学んでいると、このことについて考えることが増える。
人には、身体という、目に見えるものある。
そして、心という、目に見えないものがある。
どちらも存在しているし、存在していないともいえる。
この世に生きているけれど、生きていないかもしれない。
そんな、定かではない、あやふやなものごとを思う時は、やわらかさが役に立つ。
やわらかであれ。
しなやかであれ。
乾いたり、硬くなったり、固まったりすると、そこには痛みが発生し、死がまとわりつく。
人の身体も心も、乾いたり硬くなったり固まったりすると、痛みが生じ、時には死に至る。
座位で1時間、瞑想をした後、車座になって道教を学ぶ。
持ち寄る本はそれぞれ違う。
みな、英語で書かれていて、本によって翻訳の仕方も違っているので、読み比べるのも楽しい。
わたしのは、旦那から借りている本。
中はこんなふうに、右側に漢詩と英文、左側に白黒の美しい自然の写真が載っている。
やわらかであれ。
闘いもまた、やわらかさを保つことが勝利へとつながる。
漢詩を英訳したそれぞれの文章を読み聞きしながら、わたしは日本のことを考えていた。
たったひとりでだけども、なんの役にも立てていないのだけども、
それでも毎日、毎晩、なにかと闘っているつもりでいるので、
いったいこのやわらかさとは、今のわたしにとって何を意味するのだろう、などとブツブツ考えていた。
すると、隣に座っていたダイアンが、
「ステレオタイプのようなことは言いたくないのだけれど、でも、往々にして、年をとると凝り固まる人が多いよね」と言った。
「でもそれは、日に日に近づいてくる死への恐怖が、心の奥底にあるのかもしれない。
だから年をとるとともに、身体も心も、少しずつ硬くなってしまって、動きがとりにくくなるのかも。
そんな人ばかりではないと思うけど、恐れっていう感情は人を混乱させて思わぬ行動をとらせたり、全く身動きできなくさせたりするのよね」
恐れ。
その言葉を聞いた時、目の前にパッと、5才の女の子が書いた『ほうしゃのうこわい』という字が思い浮かんだ。
「今日本では、たった5才の子が、『放射能が恐い』という言葉を、たどたどしい字で書いています。
幼児さえも、自分が食べている物に、なにか恐ろしい物が混ぜられているという思いを隠して、出された物を食べています。
今や、政府や役人達の思惑で、全国に拡げられてしまった放射能汚染は、大勢の人達の心に恐怖を植え付けてしまいました」
いつもは言わないように気をつけている、日本の現状の話を、一言言い始めてしまったら止まらなくなってしまった。
皆は黙って、けれども、とても悲しい目をして聞いてくれた。
冷静に話しているつもりだったけれど、涙がこみ上げてきて、こぼれてしまわないように堪えるのがやっとだった。
泣きたくなかった。
泣いてもどうにもならないのだから。
すると、イスラエルから移民でやってきた、講師のミリアムが言った。
「まうみはひとりなのよね。
わたしにはその、ひとりの感じがよくわかる。
そしてひとりで、どうにもならない大きな流れに巻き込まれて痛々しい姿をさらけ出している祖国を思いながら、なにも力になれないことに失望する気持ちも。
だからといって、祖国に戻ってもまた、もうそこの人間ではないという孤独感がいつもつきまとうことも。
まうみはここにいるの?それとも日本にいるの?
そうよね、どちらにもいるのよね。
そして、どちらにもいない。
でも、それを恐れてはいけないの。
ふたつの世界に身を置いたことを、そういう運命をもったことを、幸せだと思って欲しい。
まうみはひとりで、日本を思って、何かを伝えたくて、毎日毎日考えている。
わたしも以前はそうだった。
祖国イスラエルのことを憂いて憂いて、一日中心が波だっていた。
けれども、気功と道教を学んでいるうちに、これではいけないことに気がついたの。
まうみは間違ったことをしていない。
ただ、恐がってはだめ。
最近、腰が痛いと言っているのは、あなたの心に恐怖が場所を取り過ぎていて、それが腎臓に影響しているのだと思う。
日本のことでいろんな資料を調べてるうちに、恐くなることが多いのなら、一日に1時間以上取り組まないようにしなさい。
それ以上はだめ。
正しくても過ぎてはだめ。これは先日学んだでしょ?
日本の運命は日本で今生きている人達にしか変えられない。
だから、なんとかしたいと頑張っている人がいる。
その人達を支えてあげましょう。
わたし達の祈りと気を送りましょう」
皆で祈りの気を送った。
これからもずっと、メンバーは個々に送り続けると言ってくれた。
わたし達は仲間だもの。
そう言って抱きしめられているうちに、また泣きそうになって困った。
「どうせまうみは、自分は泣かないとか決めてるんでしょ?でもね、そういう人こそ、たまにはわーんと泣かないとだめなのよ」
ダイアンが、わたしの背中をポンポンと叩きながら言った。
やわらかであれ。
しなやかであれ。
日本のみんな、今回の闘いだけは、負けるわけにはいかないからね。
形があるもの、形がないもの。
気功や道教を学んでいると、このことについて考えることが増える。
人には、身体という、目に見えるものある。
そして、心という、目に見えないものがある。
どちらも存在しているし、存在していないともいえる。
この世に生きているけれど、生きていないかもしれない。
そんな、定かではない、あやふやなものごとを思う時は、やわらかさが役に立つ。
やわらかであれ。
しなやかであれ。
乾いたり、硬くなったり、固まったりすると、そこには痛みが発生し、死がまとわりつく。
人の身体も心も、乾いたり硬くなったり固まったりすると、痛みが生じ、時には死に至る。
座位で1時間、瞑想をした後、車座になって道教を学ぶ。
持ち寄る本はそれぞれ違う。
みな、英語で書かれていて、本によって翻訳の仕方も違っているので、読み比べるのも楽しい。
わたしのは、旦那から借りている本。
中はこんなふうに、右側に漢詩と英文、左側に白黒の美しい自然の写真が載っている。
やわらかであれ。
闘いもまた、やわらかさを保つことが勝利へとつながる。
漢詩を英訳したそれぞれの文章を読み聞きしながら、わたしは日本のことを考えていた。
たったひとりでだけども、なんの役にも立てていないのだけども、
それでも毎日、毎晩、なにかと闘っているつもりでいるので、
いったいこのやわらかさとは、今のわたしにとって何を意味するのだろう、などとブツブツ考えていた。
すると、隣に座っていたダイアンが、
「ステレオタイプのようなことは言いたくないのだけれど、でも、往々にして、年をとると凝り固まる人が多いよね」と言った。
「でもそれは、日に日に近づいてくる死への恐怖が、心の奥底にあるのかもしれない。
だから年をとるとともに、身体も心も、少しずつ硬くなってしまって、動きがとりにくくなるのかも。
そんな人ばかりではないと思うけど、恐れっていう感情は人を混乱させて思わぬ行動をとらせたり、全く身動きできなくさせたりするのよね」
恐れ。
その言葉を聞いた時、目の前にパッと、5才の女の子が書いた『ほうしゃのうこわい』という字が思い浮かんだ。
「今日本では、たった5才の子が、『放射能が恐い』という言葉を、たどたどしい字で書いています。
幼児さえも、自分が食べている物に、なにか恐ろしい物が混ぜられているという思いを隠して、出された物を食べています。
今や、政府や役人達の思惑で、全国に拡げられてしまった放射能汚染は、大勢の人達の心に恐怖を植え付けてしまいました」
いつもは言わないように気をつけている、日本の現状の話を、一言言い始めてしまったら止まらなくなってしまった。
皆は黙って、けれども、とても悲しい目をして聞いてくれた。
冷静に話しているつもりだったけれど、涙がこみ上げてきて、こぼれてしまわないように堪えるのがやっとだった。
泣きたくなかった。
泣いてもどうにもならないのだから。
すると、イスラエルから移民でやってきた、講師のミリアムが言った。
「まうみはひとりなのよね。
わたしにはその、ひとりの感じがよくわかる。
そしてひとりで、どうにもならない大きな流れに巻き込まれて痛々しい姿をさらけ出している祖国を思いながら、なにも力になれないことに失望する気持ちも。
だからといって、祖国に戻ってもまた、もうそこの人間ではないという孤独感がいつもつきまとうことも。
まうみはここにいるの?それとも日本にいるの?
そうよね、どちらにもいるのよね。
そして、どちらにもいない。
でも、それを恐れてはいけないの。
ふたつの世界に身を置いたことを、そういう運命をもったことを、幸せだと思って欲しい。
まうみはひとりで、日本を思って、何かを伝えたくて、毎日毎日考えている。
わたしも以前はそうだった。
祖国イスラエルのことを憂いて憂いて、一日中心が波だっていた。
けれども、気功と道教を学んでいるうちに、これではいけないことに気がついたの。
まうみは間違ったことをしていない。
ただ、恐がってはだめ。
最近、腰が痛いと言っているのは、あなたの心に恐怖が場所を取り過ぎていて、それが腎臓に影響しているのだと思う。
日本のことでいろんな資料を調べてるうちに、恐くなることが多いのなら、一日に1時間以上取り組まないようにしなさい。
それ以上はだめ。
正しくても過ぎてはだめ。これは先日学んだでしょ?
日本の運命は日本で今生きている人達にしか変えられない。
だから、なんとかしたいと頑張っている人がいる。
その人達を支えてあげましょう。
わたし達の祈りと気を送りましょう」
皆で祈りの気を送った。
これからもずっと、メンバーは個々に送り続けると言ってくれた。
わたし達は仲間だもの。
そう言って抱きしめられているうちに、また泣きそうになって困った。
「どうせまうみは、自分は泣かないとか決めてるんでしょ?でもね、そういう人こそ、たまにはわーんと泣かないとだめなのよ」
ダイアンが、わたしの背中をポンポンと叩きながら言った。
やわらかであれ。
しなやかであれ。
日本のみんな、今回の闘いだけは、負けるわけにはいかないからね。