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黒沢清監督『予兆・散歩する侵略者』最終話・その1

2018-06-08 09:53:00 | ノンジャンル
 車椅子に拘束されている真壁に正対して椅子に座るエツコ。「真壁さん、少し変わりましたね」「分かりますか? 僕は死の恐怖を知っている。これで少し人間に近づけたかな?」「そんなに興味があるんですか? 人間に」「はい」「ひょっとして真壁さん、人間が好きになってきたんですか?」「はあ、そうかも」「あなたと交渉してなんとか共存の道を探ってほしい。そう言われました」「エツコさんは人類の代表なんですね」「まさか」「僕に言わせれば人類の代表どころか人類の頂点に立っている」「他の人間とどこが違うんでしょう?」「僕はすっかりあなたに興味を持ってしまいました」「そんなあたしの言うことなら少しは聞いてもらえますか? サンプルにでも何でもなります。だから私の願いを聞いてくれますか?」「どんな?」。エツコ、真壁の近くに椅子を移動させて座り直し、「山際の手の痛みを取ってやってください。彼をガイドから解放してやってください。お願いします」「でもそれは全部山際君の心の問題なんだけどな」「人の心は弱いものです。彼はあなたに支配されていると信じています。そこから逃げ出すにはあなたの力を借りるしかありません」「分かりました。エツコさん、手を」「え?」「右手を」。真壁は右手で握手して「約束します。あなたを通して山際君の手を握りましょう。それで彼は解放されます」。握った手を放さない真壁に「放して!」。西崎「真壁さん、やめなさい」。警察官たち、一斉に銃を構える。「早く! そこから離れて」。真壁やっと手を放す。逃げ出して、真壁と距離を置くエツコ。
 西崎「大丈夫ですか?」。坐りこんだエツコ「はい」「あなたはやはり特別な人間のようだ。人類が滅亡してもあなただけは生き残るかもしれない」「そう言われてもピンときません」「本来なら我々が全力をあげてあなたを守らなきゃならないんですが、残念ですが今はそれができません。それでと言ってはなんですが」。西崎、鞄を棚から取り、チャックを開く。「何ですか?」「いざという時に。申し訳ない。これで自分を守ってください」。拳銃を見て「そんなの無理です」。西崎、装填し「弾は入りました。あとは撃鉄を上げて引き金を引けば撃てます」。
 ニュース「今日、天体科学研究所の発表があり、月の軌道の不規則な乱れは極度の重力異常によるものと分かりました。ただこれほどの重力異常の原因となると、付近に何らかの巨大な物体が存在している以外に考えられないようです」。スピーカー「緊急警報が発令されました。ただちに避難してください」と繰り返される。割れる月。エツコ、悪夢から目覚める。ベランダから外に目をやるタツオ。起きてきたエツコの方を振り返り、「誰もいない。俺より先に街が死んだみたいだ。(中略)だめだよな。きっと。ここから飛び降りても」。駆け寄るエツコ。「大丈夫、やんないから。君がいる」。抱き合う二人。不吉な音楽。「エツコ、逃げよう」「逃げられるの?」「ああ、やってみる」「どこへ?」「どっか遠くへ」。
 あわてて避難する人々。二人は車のキーを見つけると、タツオが運転して車を発車させる。右手を痛がるタツオ。「タツオ、大丈夫?」。車、停車。車から出て転げ回って痛がるタツオ。「だめだ。エツコ。逃げられない。俺はやっぱり真壁に服従するしかないんだ」。注射するエツコ。静かに横たわるタツオ。「ここで待ってて。真壁を連れてくる。(中略)」。急いで車に乗り込み、Uターンするエツコ。
 「エツコさん、待ってました。これ、外してもらえますか?」「他の人は?」「みんな逃げてしまいました。僕が概念を奪える範囲が前よりもずっと広がったんです。(中略)」「山際を解放してください」「分かってます。人間は最後の人類全体のことなんかどうでもよくなって自分自身の目的に向かって動き出す生物なんだ」「いいえ」「面白い。あなた、きっと山際君のためなら平気で人類を裏切りますね」「どうとでも」。拘束をほどかれ、「ううーん」と背伸びして、歩きだしたエツコの後をついていく真壁。
 車中の二人。「エツコさんは何でそこまでして山際君を救おうとするのですか?」「彼のことが好きだから」「好き?」「愛してるんです」「愛かあ。ずっと気になってたんですよ。その言葉。ちょっとイメージしてくれませんか?」「今ここで?」「ええ、もちろんあなたから概念を奪うことはできないんだけど、知りたいんです。それを知らないと、どうにも不完全な気がするんですよ」「あなたのことを愛せということですか?」「僕を愛する必要はありません。ただ何でもいい。どういう方法でもいうから、そう、愛って奴を」「分かりました。もし本当に山際を解放してくれたら、その時はほんの少しだけあなたを好きになるように努力します」「是非お願いします」。(明日へ続きます……)