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三崎亜記『30センチの冒険』その1

2020-02-27 04:28:00 | ノンジャンル
 三崎亜記さんの2018年作品『30センチの冒険』を読みました。以下はあらすじです。

「第一章 砂の導き」

 「お客さん、終点ですよ」
 肩を揺すられて目が覚めた。(中略)バスの中だ。もう乗客は僕一人しかいない。(中略)
 僕は久しぶりに故郷の街に戻っていた。(中略)
乗り過ごしはしたものの、実家の最寄りのバス停は、終点の三つ手前だ。それぐらいなら、歩いても苦にならない。(中略)ゆっくりと、実家の方角に向けて歩きだす。
日曜日の夜だった。(中略)図書館司書である僕にとって、月曜日は公休日だ。明日一日はゆっくりできる。(中略)
ふと疑問が湧く。(中略)今日一日の記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。(中略)
 バッグの底に、三十センチの長さのものさしが入っていた。子どもの頃から、肌身離さず持ち歩いているものだ。(中略)何の素材で作られているのかわからない、うっすらとくすみを帯びた白いものさしが、月の光を反射して、僕の顔を照らし出す。(中略)
見覚えのないものが出てきた。色褪せた水色の表紙の本だ。本のタイトルも、著者名も記されていない。裏表紙は一度破れたようで、丁寧に補修されている。(中略)
戸惑いながらも、実家の方角に進む。靴越しに、舗装の上に浮かんだ砂の感触が伝わる。(中略)砂は一歩進むごとに深まり、足をすくう。十メートルも進まないうちに、足首まで埋まってしまった。このままでは身動きが取れなくなってしまう。(中略)
来た道を引き返し、停留所まで戻ることにした。足早に歩く先に、バス停が見えてきた。だが、どうしても近づけない。(中略)
 背筋に寒気を覚えた。交差点の向こうの闇に感じた「何か」が、急激に勢いを強めたのがわかった。(中略)
 必死に走ったが、逃げられそうにない。洪水の中、わずかな高台に取り残されたように、僕は地面にへたり込んだ。(中略)
「だ……、誰か! 助けてくれ!」
 僕自身まで歪んでしまいそうな恐怖に、思わず叫び声を上げた。
「つかまって!」
 突然、女性の声が耳に飛び込んできた。(中略)僕は砂の上にへたり込んだまま、声の聞こえる方に、精一杯手を伸ばした。(中略)どんなに手を伸ばしても、声の主には届きそうもなかった。
「何か、つかまるものを……」
 バッグの中を探った。(中略)
「あった!」
 ものさしだ。たった三十センチだけれど、そんなことを考えている暇はなかった。ものさしをつかむなり、声に向けて差し出した。
 歪みを越えて、女性がぐんと近づいた。(中略)襲撃の気配そのものが物質化したような分厚い大気の層は、しばらく獲物を捜すように上空を行きつ戻りつし、やがて遠ざかった。
「どうやら、行ったみたいね」
「ああ……」(中略)
 彼女は肉食獣に襲われたように身を伏せて警戒を緩めず、「何か」の遠ざかった先を見据えている。横顔からすると、四十代半ばくらいだろうか。(中略)
「ありがとうございます。おかげで助かり……」
「どうしてこんな夜中に、外を出あるいていたの?」(中略)
「今夜が危ないってことは、施政官庁から通達があったでしょう?」
 施政官庁、(中略)……? いったい何を言っているんだろう。
「いや……、すみません。バスを乗り過ごしてしまって……」
 我ながら間抜けな答えだ。その瞬間、彼女は表情を凍らせた。(中略)
「本当に……? 本当に、あなたはバスに乗って来たんだね」
 念押しするように確認する彼女の声は、ひどく重かった。(中略)
「また、アレがこっちに戻って来たりはしないですよね?」(中略)
「今夜はまだ危険だよ。ウロウロしていないで、私の家に来なさい」(中略)
 僕は無理やり彼女の腰に巻きついているロープを握らされた。
「いい? 絶対に手を離しちゃだめよ。いいわね?」
(中略)ロープの端は、集合住宅の玄関口に結わえつけられていた。(中略)
「部屋は、何階ですか?」
「さあ、今日は何階だろうか。千二百階くらいかもしれないね」
 彼女なりの冗談だろうか。千二百階だなんて、階段で上れる高さじゃない。(中略)
 おかしなことに、部屋には窓があった。下から見上げた時には見当たらなかったのに……。(中略)カーテンを開けて何気なく眼下の景色を眺めて、おもわず窓枠を握りしめる。
━━高い……
 月の光におぼろげに照らし出されるのは、確かに三階からの風景だ。それなのに、怖くて長く見ていることができない。何千メートルもの上空から見下ろしている気分になってくる。(中略)
「何も考えずに、今日のところはここで休みなさい。すべては明日、話しましょう」(中略)
「ありがとうございます。ええっと……」
「エナよ」(中略)
「僕は悠里(ゆうり)です。それではエナさん、おやすみなさい」
「しっかり眠るのよ、ユーリ。いいわね?」

(明日へ続きます……)