常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

一年回顧

2024年12月25日 | 日記
クリスマスイブの前日あたりから雪になり雪景色のクリスマスとなった。思い出すのはここへ引っ越した昭和55年のクリスマスイブの大雪である。一晩で1mという大雪は様々な交通障害を引き起こし、乗ったバスが15分で帰宅できるのが2時間もかかったのは今なお語り草だ。雪が降り続きまたあの大雪が頭をよぎったがさほどの積雪も見ず、駐車場も道路もしっかりアスファルトが見えている。車の危険も感じない年末になりそうだ。

年つまる思ひに堪えて何もせず 相馬遷子

グーグルのフォトに時おり過去の思い出が編集されて送られてくる。アルバムに貼って開かなくても、写しっぱなしの写真をテーマ分けてある。花や山登りの風景が主だったものだが、幻想的な風景として、朝焼けや夕焼け、山中の積雪などよくぞこんな写真を撮ったものと、我ながら感心する。なかでも山中の樹々が雪を被り、枝についた雪が朝日に輝いている景色は思わず見入ってしまう。グーグルフォトの進化は心強い味方だ。

この一年、何と言っても体力の衰えを感じることだ。2年前に平気で登った山が辛くなり、敬遠しておこうという気持ちが強くなっている。生活の面では、ハーブの栽培に喜びを見出し、アロマスプレーも毎朝の日課になった。スマートウオッチをグーグルに変え、睡眠や一日の運動もウォッチの管理に任せている。健康に目が向く日常が普通になった年である。情報のとり方もネットからの比重が高まった。その情報の真贋を見極める情報リテラシーを高めることに腐心している。取材を尽くしている新聞、雑誌、テレビなどの見るべきコンテンツにアンテナをはること。これが今後の目標になる。
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冬木立

2024年12月22日 | 日記
雪が来る前、樹々は葉を落とし冬の眠りにつく。こんな季節の樹の姿を見るのが好きだ。幹から枝が分かれ、その先の今年伸びたシュートがはっきりと見える。全体の樹形が葉などに隠されるのことなく目にとまる。近づいてみると春のための芽が固く包まれて冬越しの準備をしている。樹の生命力は冬にこそはっきりと確認できる。

冬木立影おく中のおのが影  桂 樟蹊子

今年の雪の降り方はすでに異常だ。例年であれば北海道の朱鞠内、青森の酸ヶ湯、山形の肘折が3大多雪ちだが、今冬、酸ヶ湯に2mを超える雪が降ったのに、まだ肘折の雪はニュースにならない。山形の平地に積雪が見られない。クリスマスがやってくるが、今年はホワイトクリスマスが見られるか、やや不安だ。雪の多い年は豊作だと言われるが、その理由は雪で土中の害虫が死ぬからと説く人もいる。

晩秋の青空に飛ぶ蜘蛛の糸を「雪迎え」と呼んだのは、歌人の結城哀草果だ。
「隣の東置賜郡には、降雪前に必ず「雪迎え」というものが空を飛ぶ。澄んで晴れた晩秋の空を飯豊山の方角から、白く細い、兎の毛のような、それよりも細い蜘蛛の糸のようなものが飛んで来て、蔵王山の方向に行ってしまふ。「雪迎え」はきまって西南の方角から東北に向かって行くのである」(結城哀草果)
自分の場合は、晩秋の寒い日中に、雪虫が突然現れて頭の上を飛ぶのを見ながら、今年も雪が来るなと感じたものだ。

散歩道に残っているは、ツバキと寒菊だ。木々の葉も落ちたなか、サザンカや寒菊が咲いているのを見ると、その生命力の強さに励まされる。漱石の句が思い出される。「寒菊や京の茶を売る夫婦もの」

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冬至

2024年12月21日 | 日記
冬至が来た。一年で最も長い夜だ。逆に考えれば今日を境に日はほんの数ミリずつ長くなる。昔、中国の水の神に不才の子が生まれたが、冬至の日に死に疫病神になった。この神はそこら中に病気を振りまき恐れられたが、赤豆を恐れたという。小豆の粥を作って疫病神を退散させる風習が生まれた。この国ではカボチャと小豆を一緒に煮て食べる風習は、この中国の伝説が伝わってせいらしい。日は少しずつ長くなるが年明けに小寒、そして大寒が控え、寒さはいよいよ本格化する。

爺は読みて休むを知らず
児は倦みて栗芋を思ふ

江戸の冬至、医家であった江間家親子の過ごし方だ。80歳になって父蘭斎は医学書を読むことに時間を忘れ疲れた様子もない。子細香はすでに飽きて栗や芋を食べたいと思っている。最高女史はこの詩を詠んとき40歳を過ぎているが同じ部屋で本を読む親子の心情が吐露されて微笑ましい。

一日5ページずつ『フランス革命下の一市民の日記』を読んでいる。騒動などが起きた日は、長い文章で周りの出来ごとが書かれるが、大半は気候と食事、手紙などで当時生活の細部をしることができる。
1792年12月21日(金)気温5度。西の風。一日じゅう、突風が吹き荒れ、霰まじりの雨、冬至、今日から冬が始る。エシャール氏のところに昼食に行く。兄の手紙によると、生活費が上がり、葡萄酒が並みで一瓶20ソル、小麦は市場で一スティエ(156ℓ)20リーブル食料品はそろって値上がりしている。

人間の暮らしは時代を問わず、国を問わず、関心は身の回りに向けられる。そこから発せられる言葉は、時代を生きた人間の遺言と言っていい。ありふれた日常のなかに大きな時代の転換が隠されている。
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冬晴れ

2024年12月20日 | 日記
冬晴れとしぐれ、これを繰り返しながら冬は深まっていく。昨日の晴れ間、瀧山の冠雪が夕日に輝き素晴らしい景色が演出された。カメラで撮ろうとしたが、場所を変えてと考えているあいだに太陽が雲にかくれてシャッターチャンスを逃した。こんな瞬間はいくつもある。グーグルのフォトで思い出の写真を編集して送ってくれる。古いもので8年前のものがあるが、今なら見逃しているような光景が出てきてうれしい。紙のアルバムを引っ張り出さずとも過去と向き合えるのは特別に楽しい時間だ。

スマホのピクセル8aに合わせて買ったグーグルウオッチが機能し始めている。Fitbitの健康情報がスマホに刻々と上げられていく。日常の生活習慣の目標をたてておくとその達成度が毎週メールで知らさせる。生活習慣の改善の力強い味方だ。もっともっと使いこんで、投資に見合った成果をあげていきたい。なかでも睡眠の分析は細かい点にわたって分析される。睡眠の質をたかめて健康を維持することも大事なこと。高齢者だからこそ使うべきスマホ、スマートウオッチを連動させるやり方である。

山崎雅弘『底が抜けた国』(朝日新書2024年12月刊)を買う。新聞、テレビ、ネットなど情報環境が多様になった今、社会を見つめるもうひとつの大切な視点だ。起きている現象にだけとらわれず、歴史を見る視点を取り入れることでより本質に迫れる。ネットに紹介されていた本だ。老弱男女、すべての人が持ってもらいたいもう一つの視点といえる。
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eタックス

2024年12月13日 | 日記
ここへきて連日の雪模様。周りの山々もすっかり雪景色になった。町内にもクリスマスのイルミネーションを飾る家もあった一気に年の瀬の雰囲気になった。先月早めのタイヤ交換で早すぎると思ったが、ここへきてデーラーのタイヤ交換の予約はいっぱいで自分で行っている人もちらほら。明日、今年最後の山登り。岩部33観音巡りである。山道に観音さんを33体鎮座させて、数時間の山歩きでお参りを済まそうとする、今どきのタイパにかなった巡礼のあり方ではある。

雪の戸の堅きを押しぬクリスマス 水原秋桜子

eタックスというものをやってみた。年金暮らしで申告などとは無縁であったが、わずかな保険金が入ったことを税務署が補足して申告しなさい、ということになった。冬空で税務所まで行くのも億劫なので家でできるeタックスを選んだ。ところが、このマイナポータルを使う申告システムがいかに高齢者泣かせのものであるか、つくづく知らされた。キャンバなどのアプリを使っている身からすれば、日本のお役所が提供しているシステムがとにかく不親切極まりない。入力した帳票の保存がいちいち保存ボタンを押さないとできない。そのために何度最初からのやり直しを強いられたことか。その度にスマホにカードを当ててマイナポータルへのログインを繰り返す。分からない点を聞くために税務署との電話はつなぎっぱなし。延々2時間、やっとの思いで申告が終わった。

マイナカードには今後、保険証のほか免許証も紐づけさせられる。暗証番号をいれてポータルにログインする手数のかかるログイン方法では普及しない理由がわかる。カードなど不要なはずなのにいつまでこの金のかかる方式をとりつづけるのか。日本の行政のデジタル化の道はあまりに遠い。
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