気温が下がって、秋の気配である。田で出穂した稲穂は少しづつ垂れてきている。蝉の声もやや小さくなってきた。米は大陸からもたらせたものだが、日本人の主食になってから、長い年月が流れている。万葉集にも、いねを詠んだものは多い。イネ、ワセ、ホ、ナヘ、ユダネはいずれもイネを指していて、集中に26首を数える。
恋ひつつも稲葉かきわけ家居れば乏しくあらず秋の夕風 (巻10・2230)
家人が恋しい。田で働く人は、田んぼの稲をかきわけて、居所にしていると、秋の夕風がひっきりなしに吹いてくる。残暑に耐えて、田のなかに作った小さな小屋である。やはり、稲の世話をするには、家を離れて田のなかで過ごす。夕方、秋風が吹いてきて残暑も凌ぐことができる。上代の人々の生活が、イネとともあった時代である。夕風は、女性との逢瀬の時間帯に吹く風である。ここにも詠者の気持ちが表れている。
秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いづへの方に我が恋ひやまむ(巻2・88)
仁徳天皇の皇后になった磐姫の歌である。万葉集巻2の相聞として詠まれている。磐姫には悲しい嫉妬の物語が伝えられている。仁徳天皇は、異母妹の八田皇女に愛をそそいだ。これを恨んだ皇后は、山城の筒城の宮に引きこもり、その地でひとり淋しく死んでいったという。この歌にも、自分の胸にある思いが、いつになったら晴れるのか、切ない思いを詠んでいる。