高山が雲ひとつない晴天に恵まれることはめったにない。蔵王山に登って、かの樹氷を見ておきたい、近年注目されるようになった仙人沢の氷瀑もみたい、そんな思いがますます強まってきた矢先に得られた僥倖である。沢の巨大に成長した氷瀑は、晴天の光りのなかで、青く輝き、成長した樹氷は群れをなして迎えてくれた。
この山に登れる人の幾たりは仙人沢のさ霧にまよふ 茂吉
斎藤茂吉の時代、この山で仙人沢に迷い込み、帰らぬ人となった人がいた。蔵王の馬の背を源流とし、坊平の北側に渓谷となる蔵王川に上流である。沢の両岸は絶壁をなし、上下は瀧に阻まれて、沢から上に登ることは困難であった。近郊で山菜やキノコを採る人たちも、ここを恐れて近づかない難所である。
今回ここを案内してくれたガイドさんによると、20年ほど前から、この大きな氷に挑んでアイスクライミングをする人たちが入りはじめ、以後口込みでこの景観を観光として訪れる人もおおくなったと話してくれた。
流れる滝が氷って青くみえるのは、氷の結晶が青い光りを反射するために起こる現象である。奥の方では、女性のクライマーがピッケルを氷にさしながら、ゆっくり時間をかけて登っていくのが見えた。氷瀑の前にある広場のような雪上に座って弁当開き。青空からはさんさんと陽光がそそいで、早春の雰囲気を堪能できた。こんな大きな氷瀑はこれが見納めかも知れない。
ライザスキー場の上のゲレンデから、ここまでほぼ40分。坂が急であるため、尻セードで謝って川に落ち込まないようガイドさんから注意があった。この時間ここへ来た人は、指折り数えて20名ほどと思える。しかしこの光景を目にできたのは幸運であったと言わざるを得ない。
地蔵の樹氷原まで行かずとも、スキー場の上の樹林帯で、大きく育った樹氷が見られた。これほど近くで見るのは、数十年ぶりのことである。振り返れば右手近くに中丸山、そのはるか先に朝日連峰の大きな連なり、左に目を転じると
飯豊の雄姿、更に左手に吾妻の山々。昨年登った燧ケ岳もガイドさんが指し示してくれた。360度、これほど隅々まで見える日は滅多にない。行ける内に見ておこう、という強い意思が、この日の僥倖を実現してくれた。この計画をしてくれた仲間たちにも感謝、感謝である。