友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

大和塾の市民講座を終えて

2008年04月13日 22時28分34秒 | Weblog
 今日、大和塾の第8回市民講座「人生・スポーツそして平和」を開催した。会場に私を見ていてくれる女性がいたけれど、終わり際に挨拶を受けて、初めて教え子だと気がついた。私が高校の教師になったのは22歳の時で、彼女は翌年に始めて担任となった時の受け持ちの生徒だ。この頃の高校生はかなり理屈ぽかったが、中でもこの子は正義感の強い子という印象がある。もう40年も前のことだ。

 「先生のブログを見て、来ました」と言う。うれしかった。そういえば、この子には助けてもらったから感謝しなくてはならない。それも彼女が私のブログを見ていてくれたおかげだった。昨年の1月、私のミスで以前に開いていたブログを失ってしまった。慌てた。何よりもクリスマスに書いた童話がなくなってしまったことが悔しかった。彼女の年賀状に「ブログを楽しみに読んでいます」といった文面があったことを思い出し、ひょっとしたらプリントアウトしていないかと尋ねたところ、保存してあるというので送ってもらったのだ。

 すっかり大人の女になっていた。5年ほど前にクラス会があり、呼んでもらって出かけていった時よりも少しやせていたが、苦労しているのかなと勝手に推測してしまった。彼女たちも人生の折り返し地点を過ぎ、中には孫のいる子もいる。事業に成功して会社を大きくした者もいれば、失敗して行方不明になっている者もいる。私自身がそうであったけれど、50代になればもう行く先は見えてきた。30代の頃はまだまだこれからだと思うから、クラス会があっても出席するのはうまくいっている連中ばかりだったが、先が見えてくると、もうどうあがいたところで知れているからか、クラス会の出席者も増えたように思う。

 教師は楽しかった。人が育っていくのを見守ることはやりがいがある。いつも遅刻する生徒がいた。父子家庭で、「父親が起こしてくれない」と言うので、「じゃー先生が起こしに行く」と毎日そいつの家に寄って学校へ行った。また、「おやじが金をくれないから授業料が払えない。出世したら必ず返す」と言うので立て替えて払っておいた。彼はキャバレーの支配人となり、外車を乗り回していると聞いたが、授業料を立て替えたことはすっかり忘れたのか、返しには来なかった。

 いろんな生徒がいたから、この子たちがどんな人生を歩くのか、期待は大きかった。クラス会に呼ばれて行ってみると、私よりも老け込んだような子もいれば、今なお溌剌としている子もいる。出会いとその巡り合わせに人生の妙というか不思議を覚える。わざわざ遠くからやってきてくれた彼女に「ありがとう」と言った。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする