友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

「楽市楽座」

2008年04月27日 22時17分04秒 | Weblog
 今日は忙しかった。朝早くから駅前の「楽市楽座」の出店のために出かけた。NPO法人を立ち上げる事前事業として、ポン菓子と懐かしの駄菓子を販売する準備のためだ。昨年に比べて、私たちのポン菓子チームの出店場所はメイン会場からかなり離れている。出店の設営に取り掛かっていると、駅前の商店の人が「私の店の前でやるのはけしからん」と言う。「冗談ではないよ、私たちは駅前発展会から頼まれてポン菓子と昔懐かしい駄菓子の販売をしているのですよ」と言いたいけれど、それを口にしてしまったなら、これから先を失うことになりかねない。

 「楽市楽座」はさびれていく駅前商店街を活性化させようと企画されたものだ。商店街だけでは盛り立てることができなくなってきているから、私たちのような素人にも声をかけ、祭りを盛り上げようとしているのだが、商店の中にはヨソモノの参加を快く思っていない人もいる。私も「地域新聞」という商売をやってきたから言えるのだが、商売の基本は「損して得とれ」だと思っている。奉仕あるいはサービスをしている事業所こそが大きく伸びていく。誰もが自分のためにやっていてくれるのだと思えば気持ちの良いものなのだ。

 私たちが売る商品はどれも百円にしている。ポン菓子も百円なら、昔懐かしい駄菓子も1袋百円である。お釣りが間に合わなければ、「お金は後で結構ですよ」という商売である。結果的には予想を超えた売り上げを実現できた。そんなこんなで、「反省会」と称して飲み会を行い、次への英気を育ててきた。飲み会は互いの意思を確認できる場であり、明日への活力を生み出す場でもある。元気の無かったおじさんもやる気を取り戻し、これからのことを考える機会となったことは間違いない。

 NPO法人は、言いだしっぺの一人でも熱意を喪失するなら、たちまちのうちに疑心暗鬼となってしまう。そういう意味で今は試練の時だと仲間の多くが感じているから、今日はそこそこの売り上げを実現し、明日への英気を養うことができたのだに思う。一人ならば堂々巡りの終わっていたであろう事柄が、着実に一歩進んできたことを実感できたのではないかと思う。
コメント
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