中学高校からの友だちのブログで、都はるみさんの所属事務所の社長で恋人でもあった中村一好さんが自殺したことを知った。実は、都はるみさんはよく知っているが、中村一好さんの名前を私は知らなかった。私の親しい女友だちもはるみさんの「アンコ椿は恋の花」を得意(?)としていた。私も昔ラジオ番組で、はるみさんが演歌ではなく、洋楽(ジャズだったかシャンソンだったか)を歌うのを聞いて、歌のうまい人だと感心した覚えがある。
確か、「普通のおばさんになりたい」と言って芸能界を引退したことを覚えている。昭和51年に「北の宿」で日本レコード大賞を受賞し、ますます脂がのってきた矢先のことだった。昭和23年生まれのはるみさんだから30代だろう。「1番になれなくても2番目の女として子どもを産んでもいいじゃーないかと思うようになった」(『婦人公論』より)と回想しているから、好きになってしまった中村一好さんの子どもを本気で産みたいと思ったのだろう。「普通のおばさん」になることで、「2番目の女」になろうとしたのだ。
しかし、悲劇にもというべきか(私たちにとっては)幸運にもというべきか、はるみさんは子どもが産めない身体だった。2番目になれないということは普通のおばさんになれないということだ。そこではるみさんは芸能界に復帰したが、週刊新潮の記事によれば、復帰後のはるみさんと一好さんの立場は逆転していたそうだ。それまでは一好さんがはるみさんのご機嫌を取る形であったが、復帰後のはるみさんは一好さんの言葉に従順だったと書いてあった。
いくら美空ひばり亡き後の歌の女王であっても、いったん引退した身にはかなり風当たりは厳しかったであろう。それを乗り越えたのは中村一好さんの功績であり、二人が「親友」「同志」「戦友」と呼ばれる所以だろう。そんな仲の二人なのに、なぜ一好さんは自殺をしたのか、私には全くわからない。葬儀の席では本妻が主役だから、はるみさんはどんな気持ちで恋人を送ったのだろう。
中学高校からの友だちには、12年間付き合ってきた女友だちがいた。彼はブログで「はるみさんと一好さんの28年間の仲に思いを馳せるとき、奇しくも12年間付き合ってきた彼女のことが気になり、なかなか頭を離れようとしなかった。言葉を変えて、正直に言うと、私ははるみさんと一好さんが羨ましくて仕方がないといった方がいいのかもしれない」と書き、続けて「はるみさんと一好さんの28年間に比べれば、私たちの仲は、愛を愛として語るにはおこがましくて、何の価値もないということを暗に示してくれ、覚悟のない愛は、どんな言葉で飾ろうと、所詮愛ではないと戒めてくれているのかも知れない」と結んでいた。
若い頃は、「好き」であればそれでよかった。愛することに覚悟なんかいらなかった。けれども、歳を重ねて恋をすれば、多くの負を背負い込むことになる。「覚悟のない愛は、愛といえない」。そのとおりだと思う。
確か、「普通のおばさんになりたい」と言って芸能界を引退したことを覚えている。昭和51年に「北の宿」で日本レコード大賞を受賞し、ますます脂がのってきた矢先のことだった。昭和23年生まれのはるみさんだから30代だろう。「1番になれなくても2番目の女として子どもを産んでもいいじゃーないかと思うようになった」(『婦人公論』より)と回想しているから、好きになってしまった中村一好さんの子どもを本気で産みたいと思ったのだろう。「普通のおばさん」になることで、「2番目の女」になろうとしたのだ。
しかし、悲劇にもというべきか(私たちにとっては)幸運にもというべきか、はるみさんは子どもが産めない身体だった。2番目になれないということは普通のおばさんになれないということだ。そこではるみさんは芸能界に復帰したが、週刊新潮の記事によれば、復帰後のはるみさんと一好さんの立場は逆転していたそうだ。それまでは一好さんがはるみさんのご機嫌を取る形であったが、復帰後のはるみさんは一好さんの言葉に従順だったと書いてあった。
いくら美空ひばり亡き後の歌の女王であっても、いったん引退した身にはかなり風当たりは厳しかったであろう。それを乗り越えたのは中村一好さんの功績であり、二人が「親友」「同志」「戦友」と呼ばれる所以だろう。そんな仲の二人なのに、なぜ一好さんは自殺をしたのか、私には全くわからない。葬儀の席では本妻が主役だから、はるみさんはどんな気持ちで恋人を送ったのだろう。
中学高校からの友だちには、12年間付き合ってきた女友だちがいた。彼はブログで「はるみさんと一好さんの28年間の仲に思いを馳せるとき、奇しくも12年間付き合ってきた彼女のことが気になり、なかなか頭を離れようとしなかった。言葉を変えて、正直に言うと、私ははるみさんと一好さんが羨ましくて仕方がないといった方がいいのかもしれない」と書き、続けて「はるみさんと一好さんの28年間に比べれば、私たちの仲は、愛を愛として語るにはおこがましくて、何の価値もないということを暗に示してくれ、覚悟のない愛は、どんな言葉で飾ろうと、所詮愛ではないと戒めてくれているのかも知れない」と結んでいた。
若い頃は、「好き」であればそれでよかった。愛することに覚悟なんかいらなかった。けれども、歳を重ねて恋をすれば、多くの負を背負い込むことになる。「覚悟のない愛は、愛といえない」。そのとおりだと思う。