まだ終わったわけではないから、「終わり方」ではなく「終わらせ方」とタイトルした(しかし限りなく引退に近いニュアンスである)。
今朝、イチローがマリナーズの会長付特別補佐に就任し(ESPNはfront-office role as a special assistant to the chairmanにシフトする、と報じ、日本のメディアは球団の特別アドバイザーと翻訳した)、選手としては今季の残り試合に出場しないことが明らかとなった。ベンチ入り25人枠から外れ、練習しながら選手らをサポートするが、試合ではベンチには入らず、クラブハウスやビデオルームなどで状況を眺めることが多くなる見込みで、「選手が求めてきたことに、彼なりのアドバイスをしてほしい」と技術面だけでなく精神面での支えを期待されているようだ。
引退はしないが、今季はプレーしない、来季以降は現役でプレー復帰するかもしれないという、分かりにくい内容の、異例の生涯契約である(ESPNもIt's a unique circumstance for a unique player.と言い、This was the most creative way to keep him within the organization and still give him an opportunity to play if that's what happens in 2019.とも言う)。そのため日本球界復帰の芽はなくなったとも報じられた。マリナーズにとってイチローは一時代を築いた最大の功労者であり、地元シアトルでの人気は高く、マイナー落ちや他球団への放出には踏み切らない武士の情けで、(最低でも!50歳までと言って)現役続行を希望するイチローに最大限、応えてあげたと言うべきだろう。イチローにとってもメジャー最初の球団で都合11年半在籍したマリナーズには愛着があるだろうし、球場から車で20分の湖畔に自宅を構えるシアトルからは去り難かったことだろう。このあたりを世界の王さんは、さすがに一言で本質を衝いて、この契約を歓迎された。「イチローにとってもマリナーズにとっても一番いい選択をしたということじゃないかな」。
イチローも会見で次のように語って球団に感謝した。「マリナーズと契約してから今日まで毎日が僕にとってギフトを贈られたというかハッピーでした。今日もそうですがとにかくハッピー。毎日セーフコフィールドに来る。家からの道のり、帰り道。ユニホームを着ている時間。毎日、噛み締めていました。それが終わってしまうのかと考えた時に提案を頂いた。こんな形を取ってくれた。信じられないことですよ」。そして「僕の近くにいる人なら分かると思いますが、野球の研究者でいたい。44歳でアスリートとしてどうなっていくのか見てみたい。プレーしなくても毎日鍛錬していくとどうなっていくのか見てみたい。チームと一緒に練習できる。例えこれで終わりだたっとしても(練習を)続けると思う。喪失感みたいなものはまったくありません」とも語った。「野球の研究者」とは、まことにイチローらしいが、私たちは喪失感を禁じ得ない。
実際、イチローと言えども、過去3年を振り返ると、衰えは隠せなかった。が、それ以上に出場機会が限られてしまった。イチロー自身の、と言うより、メジャーという球界の、年齢の壁が厳然としてある。
2014年に(三年半在籍した)ヤンキースからFAとなったイチローは、翌2015年にマーリンズと契約して三年間在籍し、1年目こそ打率.229(438打席)と低迷したが(91安打)、2年目は出場機会が減ったものの打率.291(365打席)まで持ち上げて、まずまずの成績を残した(95安打)。しかし3年目は自身最少の215打席しか打撃の機会が与えられず(往時の三分の一以下)、それでも代打安打数ではメジャー記録にあと1本と迫る27安打を放ってそれなりに存在感を示したが、シーズンを終わってみれば打率.255、自己最少の50安打とほぼ半減してしまった。今季は30試合の半分に出場して、打率.205、安打9にとどまっている。
昨年11月、マーリンズからFAとなったときには、ヤンキース時代の同僚だったデレク・ジーターCEOからイチローに対して直々に(ということは敬意を表して)来季構想外であることが伝えられたものだった。古巣オリックスが指導者含みで誘いを掛けているとか、他にも噂にあがった球団があったと報道されたが、なかなか去就が決まらずに気を揉ませ、ようやくマリナーズ入りが決まったのはつい3月に入ってからのことだった。近年、急速に若返りが進むメジャーリーグで(否、そもそも新陳代謝が激しいアメリカ社会で)、44歳でのメジャー契約は異例、と報じられたものだ。
その間、年末に故郷の愛知県豊山町で行われたイチロー杯争奪学童軟式野球大会では、子供たちから「日本球界復帰の可能性はありますか?」と直球の質問が投げかけられ、さすがのイチローものけぞりながら「メディアがいますから。ややこしいこと聞くね~」とうろたえたが、「言葉は難しいし、便利で…可能性という言葉を使えば、両方あります。これは僕の逃げの言葉。可能性っていろんなことに使えるから、ゼロじゃない限りは可能性はあります…ややこしいなあ」と言葉を濁し、完全否定することはなかった。そのときの心境を、犬好きらしく「ペットショップに売れ残った大きな犬みたいな感じ」と自虐的に表現し、「アメリカっていう国は、44歳っていうのが何かひっかかるらしいのね。44歳のオジサンはどーなのっていう」などと、メジャーでプレーする自信を持ちながらも、年齢の壁が立ちはだかっていることへの不満を漏らしたものだった。それでも野球大好き少年のイチローには現役へのこだわりがあった。以前、「40歳を超えて現役でいることは大事なこと。現役でないと分からないことがたくさんある」と語ったこともある。
それだけ難産の挙句のマリナーズへの復帰だっただけに、会見では「今、マリナーズが必要としていること、僕がそこに力になれるのであれば何でもやりたい」と語り、球団への恩返しを誓った。
イチローは言うまでもなく屈指のメジャーリーガーで、メジャーの中にも称賛する声は多いが、ここでは直近、昨年9月19日、メッツ戦9回にイチローが同点タイムリーを放って、延長10回サヨナラ勝ちを呼び込んだ試合の後の記者会見で、マーリンズのマッティングリー監督が語ったことを取り上げたい。「イチはアンビリーバブルだよ。いつも同じ。変わらないんだ。見ていて楽しかったよ」「色々なプランもあるし、選手もそれぞれだが、みんなにはイチの域に達してもらいたい。どんな打席でも変わらない。スプリングトレーニングだろうが、開幕戦だろうが、10点差でリードしていても、されていても、ギリギリの状況でもだ。シンプルさを保つことは難しいんだ。そういうメンタリティでいれば、どんな打席でも変わらないメンタルでいられる。それがイチローを偉大たらしめるものなんだよ。殿堂入りする選手はいつでもいい打席を見せてくれる。状況は関係ないんだ」・・・アメリカ人的なリップサービスもあるだろうが、これほど正確に理解して貰えていたのは、偉大であるが故とは言え幸せな男だ。
これで、(次回6日のマリナーズ戦にも登板が予定されていた)大谷との対決は、恐らく未来永劫、見ることが叶わなくなってしまった。イチローは大谷が生まれる2年前の1992年からオリックスでプロ野球生活を始めており、大谷にとってイチローは少年時代からの憧れで、世間一般で言うと親子ほどの年の開きがある。大谷のメジャー行きが決まったときにイチローは「まだ翔平がプレーしているところを実際に見たことがないので、まず見てみたい。でも『誰が見ても世界一の才能と言っていい』とよく聞く。そんな選手と対戦することは野球の醍醐味の一つだと思うし、必ず実現させたい。でもそれは、僕がピッチャーで」と、最後に笑いをとりつつも、最大限の賛辞を惜しまず、今回、大谷が「イチローさんと(対戦)できる選手っていうのは凄く限られている。そういう機会がもしかしたらあるというだけで凄く楽しみ」と言えば、イチローも「僕が対戦できるように頑張るしかない」とつい最近も応えていた。野球ファンとしては残念でならない。
あと一つ、日本での凱旋プレーの可能性が残されている。マリナーズは来年3月20、21日に東京ドームでアスレチックスと対戦することが正式決定されている。ベンチ入りは25人ではなく28人に増枠されるから、7年ぶりの大リーグ公式戦日本開催には、日本のファンへのサービスとして、イチローのプレーする姿が見られることだろう(実際、マリナーズのGMはこれがイチローの引退試合となるであろうことを仄めかしている)。これも生涯契約の一つの大きな目的じゃないかと思うのだ。勿論、イチローの日本のファンへの(日本でプレーしないことのお詫びと)感謝のしるしとして。そういう男だと私は思う。
今朝、イチローがマリナーズの会長付特別補佐に就任し(ESPNはfront-office role as a special assistant to the chairmanにシフトする、と報じ、日本のメディアは球団の特別アドバイザーと翻訳した)、選手としては今季の残り試合に出場しないことが明らかとなった。ベンチ入り25人枠から外れ、練習しながら選手らをサポートするが、試合ではベンチには入らず、クラブハウスやビデオルームなどで状況を眺めることが多くなる見込みで、「選手が求めてきたことに、彼なりのアドバイスをしてほしい」と技術面だけでなく精神面での支えを期待されているようだ。
引退はしないが、今季はプレーしない、来季以降は現役でプレー復帰するかもしれないという、分かりにくい内容の、異例の生涯契約である(ESPNもIt's a unique circumstance for a unique player.と言い、This was the most creative way to keep him within the organization and still give him an opportunity to play if that's what happens in 2019.とも言う)。そのため日本球界復帰の芽はなくなったとも報じられた。マリナーズにとってイチローは一時代を築いた最大の功労者であり、地元シアトルでの人気は高く、マイナー落ちや他球団への放出には踏み切らない武士の情けで、(最低でも!50歳までと言って)現役続行を希望するイチローに最大限、応えてあげたと言うべきだろう。イチローにとってもメジャー最初の球団で都合11年半在籍したマリナーズには愛着があるだろうし、球場から車で20分の湖畔に自宅を構えるシアトルからは去り難かったことだろう。このあたりを世界の王さんは、さすがに一言で本質を衝いて、この契約を歓迎された。「イチローにとってもマリナーズにとっても一番いい選択をしたということじゃないかな」。
イチローも会見で次のように語って球団に感謝した。「マリナーズと契約してから今日まで毎日が僕にとってギフトを贈られたというかハッピーでした。今日もそうですがとにかくハッピー。毎日セーフコフィールドに来る。家からの道のり、帰り道。ユニホームを着ている時間。毎日、噛み締めていました。それが終わってしまうのかと考えた時に提案を頂いた。こんな形を取ってくれた。信じられないことですよ」。そして「僕の近くにいる人なら分かると思いますが、野球の研究者でいたい。44歳でアスリートとしてどうなっていくのか見てみたい。プレーしなくても毎日鍛錬していくとどうなっていくのか見てみたい。チームと一緒に練習できる。例えこれで終わりだたっとしても(練習を)続けると思う。喪失感みたいなものはまったくありません」とも語った。「野球の研究者」とは、まことにイチローらしいが、私たちは喪失感を禁じ得ない。
実際、イチローと言えども、過去3年を振り返ると、衰えは隠せなかった。が、それ以上に出場機会が限られてしまった。イチロー自身の、と言うより、メジャーという球界の、年齢の壁が厳然としてある。
2014年に(三年半在籍した)ヤンキースからFAとなったイチローは、翌2015年にマーリンズと契約して三年間在籍し、1年目こそ打率.229(438打席)と低迷したが(91安打)、2年目は出場機会が減ったものの打率.291(365打席)まで持ち上げて、まずまずの成績を残した(95安打)。しかし3年目は自身最少の215打席しか打撃の機会が与えられず(往時の三分の一以下)、それでも代打安打数ではメジャー記録にあと1本と迫る27安打を放ってそれなりに存在感を示したが、シーズンを終わってみれば打率.255、自己最少の50安打とほぼ半減してしまった。今季は30試合の半分に出場して、打率.205、安打9にとどまっている。
昨年11月、マーリンズからFAとなったときには、ヤンキース時代の同僚だったデレク・ジーターCEOからイチローに対して直々に(ということは敬意を表して)来季構想外であることが伝えられたものだった。古巣オリックスが指導者含みで誘いを掛けているとか、他にも噂にあがった球団があったと報道されたが、なかなか去就が決まらずに気を揉ませ、ようやくマリナーズ入りが決まったのはつい3月に入ってからのことだった。近年、急速に若返りが進むメジャーリーグで(否、そもそも新陳代謝が激しいアメリカ社会で)、44歳でのメジャー契約は異例、と報じられたものだ。
その間、年末に故郷の愛知県豊山町で行われたイチロー杯争奪学童軟式野球大会では、子供たちから「日本球界復帰の可能性はありますか?」と直球の質問が投げかけられ、さすがのイチローものけぞりながら「メディアがいますから。ややこしいこと聞くね~」とうろたえたが、「言葉は難しいし、便利で…可能性という言葉を使えば、両方あります。これは僕の逃げの言葉。可能性っていろんなことに使えるから、ゼロじゃない限りは可能性はあります…ややこしいなあ」と言葉を濁し、完全否定することはなかった。そのときの心境を、犬好きらしく「ペットショップに売れ残った大きな犬みたいな感じ」と自虐的に表現し、「アメリカっていう国は、44歳っていうのが何かひっかかるらしいのね。44歳のオジサンはどーなのっていう」などと、メジャーでプレーする自信を持ちながらも、年齢の壁が立ちはだかっていることへの不満を漏らしたものだった。それでも野球大好き少年のイチローには現役へのこだわりがあった。以前、「40歳を超えて現役でいることは大事なこと。現役でないと分からないことがたくさんある」と語ったこともある。
それだけ難産の挙句のマリナーズへの復帰だっただけに、会見では「今、マリナーズが必要としていること、僕がそこに力になれるのであれば何でもやりたい」と語り、球団への恩返しを誓った。
イチローは言うまでもなく屈指のメジャーリーガーで、メジャーの中にも称賛する声は多いが、ここでは直近、昨年9月19日、メッツ戦9回にイチローが同点タイムリーを放って、延長10回サヨナラ勝ちを呼び込んだ試合の後の記者会見で、マーリンズのマッティングリー監督が語ったことを取り上げたい。「イチはアンビリーバブルだよ。いつも同じ。変わらないんだ。見ていて楽しかったよ」「色々なプランもあるし、選手もそれぞれだが、みんなにはイチの域に達してもらいたい。どんな打席でも変わらない。スプリングトレーニングだろうが、開幕戦だろうが、10点差でリードしていても、されていても、ギリギリの状況でもだ。シンプルさを保つことは難しいんだ。そういうメンタリティでいれば、どんな打席でも変わらないメンタルでいられる。それがイチローを偉大たらしめるものなんだよ。殿堂入りする選手はいつでもいい打席を見せてくれる。状況は関係ないんだ」・・・アメリカ人的なリップサービスもあるだろうが、これほど正確に理解して貰えていたのは、偉大であるが故とは言え幸せな男だ。
これで、(次回6日のマリナーズ戦にも登板が予定されていた)大谷との対決は、恐らく未来永劫、見ることが叶わなくなってしまった。イチローは大谷が生まれる2年前の1992年からオリックスでプロ野球生活を始めており、大谷にとってイチローは少年時代からの憧れで、世間一般で言うと親子ほどの年の開きがある。大谷のメジャー行きが決まったときにイチローは「まだ翔平がプレーしているところを実際に見たことがないので、まず見てみたい。でも『誰が見ても世界一の才能と言っていい』とよく聞く。そんな選手と対戦することは野球の醍醐味の一つだと思うし、必ず実現させたい。でもそれは、僕がピッチャーで」と、最後に笑いをとりつつも、最大限の賛辞を惜しまず、今回、大谷が「イチローさんと(対戦)できる選手っていうのは凄く限られている。そういう機会がもしかしたらあるというだけで凄く楽しみ」と言えば、イチローも「僕が対戦できるように頑張るしかない」とつい最近も応えていた。野球ファンとしては残念でならない。
あと一つ、日本での凱旋プレーの可能性が残されている。マリナーズは来年3月20、21日に東京ドームでアスレチックスと対戦することが正式決定されている。ベンチ入りは25人ではなく28人に増枠されるから、7年ぶりの大リーグ公式戦日本開催には、日本のファンへのサービスとして、イチローのプレーする姿が見られることだろう(実際、マリナーズのGMはこれがイチローの引退試合となるであろうことを仄めかしている)。これも生涯契約の一つの大きな目的じゃないかと思うのだ。勿論、イチローの日本のファンへの(日本でプレーしないことのお詫びと)感謝のしるしとして。そういう男だと私は思う。