大坂なおみ選手が全米オープンで優勝した。一回り大きくなって帰って来た。
今回は、前哨戦となったウエスタン・アンド・サザン・オープンでの快進撃からすれば(そしてその前哨戦の決勝で対決するはずだったが棄権した、ビクトリア・アザレンカが相手だったのも因縁であろう)、ほぼ順当な勝利と言うべきであり、私的には驚きはない・・・いや驚きがないことこそ、驚くべきことだろう。何しろ全米オープンという大舞台である。肉体的にも精神的にも強くなった。私は年齢的には、大坂なおみ選手よりお爺ちゃんに近いので(笑)、お爺ちゃんのメッセージに感銘を受けた(笑)。共同通信によると、「恐ろしい孫は持ちたくない。(四大大会3度目の優勝に)びっくりしている」と冗談を交えながら喜びを語ったといい、まさに恐ろしい孫だ・・・いや、年齢的には娘なのだが(笑)
YouTubeでいろいろな映像を追いかけた。試合そのものについては言うことはない(などと、中学時代に軟式テニス部に属した程度の私が偉そうに言えた義理ではない 笑)。第2セット第2ゲームまでは押されて、このまま負けても仕方ないような展開だったが、本人も認める通り、次の第3ゲームが分水嶺となり、自ら勝利をたぐり寄せた。粘り強い。今シーズン序盤は、1月の全豪オープン3回戦で敗退するなど、必ずしも状態は良くなかった。その直後、「私のビッグブラザーでメンターでインスピレーションを与えてくれる存在だった」とinstagramでその死を悼んだ元NBAのスーパースター、コービー・ブライアント氏が事故死する不幸もあった。しかし、このコロナ禍で自粛を余儀なくされた時間をうまく過ごしたのだろう。新しいフィセッテ・コーチが、「ボールに対して、しっかりした位置を取れるようになった」と評価している通り、フットワークが向上し、前後左右に振られても軸を安定させて打つ姿勢に入れるようになり、後半は要所でのミスが少なかった。
今回は、コート上の試合そのものもさることながら、コート上でありながらコート外とも言うべき、人種差別問題に対する姿勢が話題になった。前哨戦のウエスタン・アンド・サザン・オープン準決勝を棄権したことに始まり、全米オープンでは毎日、黒人被害者の名前入りマスクを着けて臨んだ。スポーツ選手であろうと芸能人であろうと、このような一種の政治問題(政治問題ではなく人権問題と主張する人もいて、それは分からなくはないが、彼女の知名度からすれば政治問題になると言わざるを得ないだろう)に声を挙げることを問題視するつもりはない。ただ私は正直なところ、彼女の若さ故、そして彼女の存在自体が大きい故、政治的に利用されはしないかと危惧した。
しかし、それも杞憂に終わった。インタビューで、「みなさんがどのようなメッセージを受け取ったか、それに興味があります。私のマスクを見て話し合いが起きればいいと思います」「私はテニス業界(≒Bubble)の外のことにそれほど詳しくはありませんが、色々な人がこのことを話題にしてくれると嬉しいです」と、思いを語った。Bubbleなる言葉が聞こえたのは、そういうことだったのか・・・その節度をわきまえた発言に、思わず感嘆した。オーストラリアの電子新聞ザ・ニュー・デイリーが前哨戦ウエスタン・アンド・サザン・オープンで、「彼女自身よりも大きな問題のためにプレーすることが、オオサカにクリアな思考をもたらし、それに従ってプレーしている」と評していたが、至言であろう。
とまあ、私は益々、彼女に首ったけである(笑)。一人のアスリートとして、それ以前に一人の人間として逞しく、さらに日本人らしく・・・などと言うのは妥当ではないかもしれないが、謙虚に成長しているのが、嬉しい。
今回は、前哨戦となったウエスタン・アンド・サザン・オープンでの快進撃からすれば(そしてその前哨戦の決勝で対決するはずだったが棄権した、ビクトリア・アザレンカが相手だったのも因縁であろう)、ほぼ順当な勝利と言うべきであり、私的には驚きはない・・・いや驚きがないことこそ、驚くべきことだろう。何しろ全米オープンという大舞台である。肉体的にも精神的にも強くなった。私は年齢的には、大坂なおみ選手よりお爺ちゃんに近いので(笑)、お爺ちゃんのメッセージに感銘を受けた(笑)。共同通信によると、「恐ろしい孫は持ちたくない。(四大大会3度目の優勝に)びっくりしている」と冗談を交えながら喜びを語ったといい、まさに恐ろしい孫だ・・・いや、年齢的には娘なのだが(笑)
YouTubeでいろいろな映像を追いかけた。試合そのものについては言うことはない(などと、中学時代に軟式テニス部に属した程度の私が偉そうに言えた義理ではない 笑)。第2セット第2ゲームまでは押されて、このまま負けても仕方ないような展開だったが、本人も認める通り、次の第3ゲームが分水嶺となり、自ら勝利をたぐり寄せた。粘り強い。今シーズン序盤は、1月の全豪オープン3回戦で敗退するなど、必ずしも状態は良くなかった。その直後、「私のビッグブラザーでメンターでインスピレーションを与えてくれる存在だった」とinstagramでその死を悼んだ元NBAのスーパースター、コービー・ブライアント氏が事故死する不幸もあった。しかし、このコロナ禍で自粛を余儀なくされた時間をうまく過ごしたのだろう。新しいフィセッテ・コーチが、「ボールに対して、しっかりした位置を取れるようになった」と評価している通り、フットワークが向上し、前後左右に振られても軸を安定させて打つ姿勢に入れるようになり、後半は要所でのミスが少なかった。
今回は、コート上の試合そのものもさることながら、コート上でありながらコート外とも言うべき、人種差別問題に対する姿勢が話題になった。前哨戦のウエスタン・アンド・サザン・オープン準決勝を棄権したことに始まり、全米オープンでは毎日、黒人被害者の名前入りマスクを着けて臨んだ。スポーツ選手であろうと芸能人であろうと、このような一種の政治問題(政治問題ではなく人権問題と主張する人もいて、それは分からなくはないが、彼女の知名度からすれば政治問題になると言わざるを得ないだろう)に声を挙げることを問題視するつもりはない。ただ私は正直なところ、彼女の若さ故、そして彼女の存在自体が大きい故、政治的に利用されはしないかと危惧した。
しかし、それも杞憂に終わった。インタビューで、「みなさんがどのようなメッセージを受け取ったか、それに興味があります。私のマスクを見て話し合いが起きればいいと思います」「私はテニス業界(≒Bubble)の外のことにそれほど詳しくはありませんが、色々な人がこのことを話題にしてくれると嬉しいです」と、思いを語った。Bubbleなる言葉が聞こえたのは、そういうことだったのか・・・その節度をわきまえた発言に、思わず感嘆した。オーストラリアの電子新聞ザ・ニュー・デイリーが前哨戦ウエスタン・アンド・サザン・オープンで、「彼女自身よりも大きな問題のためにプレーすることが、オオサカにクリアな思考をもたらし、それに従ってプレーしている」と評していたが、至言であろう。
とまあ、私は益々、彼女に首ったけである(笑)。一人のアスリートとして、それ以前に一人の人間として逞しく、さらに日本人らしく・・・などと言うのは妥当ではないかもしれないが、謙虚に成長しているのが、嬉しい。
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