想い続けることができれば、その想いはいつか成就する

その日その日感じたことを詩、エッセイ、短歌、日記でつづります。野菜も育ててます。

人間らしさとは、何か 記憶を移植する日 その2

2025年02月07日 | 小説
 その2

「今川先生、手術の準備が整いました」

 助手の声に、博士は深いため息をつきながら顔を上げた。今日の患者は、交通事故で記憶を失った若い画家だった。彼の芸術的才能と、数々の傑作を生み出した経験を取り戻すことができれば、それは間違いなく医学の勝利となるだろう。

 しかし、その過程で失われる何かがあるのではないか。人間の記憶とは、単なるデータの集積ではない。喜びや悲しみ、苦悩や達成感、そのすべてが複雑に絡み合って形成される個人の人格。それを機械的に移植することの是非を、博士は依然として問い続けていた。

 手術室に向かう途中、博士は病院の庭に目を向けた。そこでは、再生医療によって新しく作られた指を動かす患者が、微笑みながらリハビリに励んでいた。確かに医療技術の進歩は、多くの人々に希望をもたらしている。しかし、人間の精神や記憶に踏み込むことは、まったく異なる次元の問題なのだ。

 「人間らしさとは何か」

 その永遠の問いを胸に、博士は手術室のドアに手をかけた。扉の向こうには、記憶を取り戻すことを切望する患者とその家族が待っている。彼らの期待に応えることは、医師としての使命だ。しかし同時に、その技術がもたらす未来について、私たちは真摯に考え続けなければならない。

 自然の摂理と人類の進歩。その微妙なバランスを保ちながら、私たちはどこへ向かうのか。答えは、まだ見つかっていない。
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人間らしさとは、何か 記憶を移植する日 その1

2025年02月07日 | 小説
記憶を移植する日

 静かな研究室の片隅で、今川博士は微細な生体チップを顕微鏡で覗き込んでいた。そこには人間の記憶という貴重な情報が詰め込まれている。彼が開発した「メモリー・トランスプラント」と呼ばれる革新的な技術は、人類の未来を大きく変えようとしていた。

 「これで本当にいいのだろうか」と、彼は幾度となく自問自答を繰り返していた。

 人間の記憶を、まるでコンピューターのデータのように保存し、他者の脳に移植することができる。その技術は、重度の認知症患者の記憶を取り戻すことを可能にし、また事故で失われた知識や経験を復元することもできる。しかし、それは同時に人間の本質に深く関わる問題も含んでいた。

 研究室の窓から差し込む夕陽が、チップの表面で揺らめいていた。

続く その2へ
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