六月
ぎおんつしまに サテことならぬ 中橋(なかばし)あるいは小舟町(こぶなちょう) 四谷 蔵前 四天王 いづれおとらぬ にぎやかさ あついまなかに ひとの山 天王様は 酒ずきか 笹とさか木に よつたやら よいよいわいわいはやされて それからみこしが すはります
(とっちりとん「十二ヶ月」~岩波文庫「江戸端唄集」)
六月(ろくぐわつ)
照(て)り曇(くも)り雨(あめ)もものかは。辻々(つじつじ)の祭(まつり)の太鼓(たいこ)、わつしよいわつしよいの諸勢(もろぎほひ)、山車(だし)は宛然(さながら)藥玉(くすだま)の纒(まとひ)を振(ふ)る。棧敷(さじき)の欄干(らんかん)連(つらな)るや、咲(さき)掛(かゝ)る凌霄(のうぜん)の紅(くれなゐ)は、瀧夜叉姫(たきやしやひめ)の襦袢(じゆばん)を欺(あざむ)き、紫陽花(あぢさゐ)の淺葱(あさぎ)は光圀(みつくに)の襟(えり)に擬(まが)ふ。人(ひと)の往來(ゆきき)も躍(をど)るが如(ごと)し。酒(さけ)はさざんざ松(まつ)の風(かぜ)。緑(みどり)いよいよ濃(こまや)かにして、夏木立(なつこだち)深(ふか)き處(ところ)、山(やま)幽(いう)に里(さと)靜(しづか)に、然(しか)も今(いま)を盛(さかり)の女(をんな)、白百合(しらゆり)の花(はな)、其(そ)の膚(はだへ)の蜜(みつ)を洗(あら)へば、清水(しみづ)に髮(かみ)の丈(たけ)長(なが)く、眞珠(しんじゆ)の流(ながれ)雫(しづく)して、小鮎(こあゆ)の簪(かんざし)、宵月(よひづき)の影(かげ)を走(はし)る。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)