列島を縦断し、1日には北海道東方沖に去って行きました。
沖縄県や鹿児島県では多くの怪我人が出たそうですが、
被害に遭われた方々には心よりお見舞いを申しあげます。
私の住む横浜南部も、30日の18時頃から風雨ともにひどくなりましたが、
夜中の2時過ぎに目を覚まして外を見たら、中秋の名月が煌々と輝いていました。
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明けて10月1日は台風一過の晴天に恵まれ、朝から富士山がクッキリと見えていました。
この日は山仲間のYさんが、三渓園の「観月会」の席で、和楽器の合奏に参加するというので
もう一人の仲間のKさんと、JR根岸駅で夕方の5時に待ち合わせ「三渓園」に行きました。
暮れなずむ大池から見た「三重の塔」が、ライトアップされていました


宮城流のお琴の師匠をしているYさん、今回はお三味線に挑戦だそうです。
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会場は三渓園・内苑の「臨春閣」
紀州初代藩主の頼宣が、和歌山・紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築です。
内部には狩野派などの絵師による障壁画(オリジナルは三渓記念館で保存・展示)や
洗練されたデザインが各所に見られます。
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午後6時15分、すっかり暮れた内苑に雅な調べが流れます。
お琴と尺八の風情あるハーモニーに酔いしれました。
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2曲目にはYさんのお三味線も加わります。
津軽三味線に通じる力強い響きが感じられました♪
いつもの山姿とは全然違うYさんに目を奪われます


1脚にカメラをセットした私は、観客席の芝生の上をあちこち移動しながら撮りました

夕景の写真は一週間前に伊豆で習ってきましたが、三脚ナシでの夜の撮影は更に難しい・・・

こちらが昨年の12月に、所属していたカメラ教室での撮影会で
この三渓園に来た時に撮った「臨春閣」です。
三渓園は、明治時代末から大正にかけて製糸・生糸貿易で財をなした
横浜の実業家原三渓(本名・富太郎)が、東京湾に面した”三の谷”と呼ばれる
谷あいに造り上げた53000坪の日本庭園です。
明治39年に一般公開された外苑と、三渓が私邸としていた内苑の2つの庭園からなり
京都や鎌倉から集められた17棟の歴史的建造物と、
四季折々の自然が見事に調和した景観が見所です。
(パンフレットより)
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旧燈明寺三重塔も、この日はライトアップされていました


関東地方にある木造の塔では最古のものらしい・・・
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そしてこの夜は「十六夜の月」

ウサギの餅つきが全然写っていなぁ~い

これでは単なる白い玉

三脚を持ってこなかったことが悔やまれますが、
次回のカメラのお勉強は「月の写し方」ですね。










夜風が心地よい中、7時半過ぎまで日本庭園に流れる和楽器の調べを堪能してから
Kさんと本牧のファミレスでお食事をしました。
話題は、その日の朝のNHKTV「あさイチ」で取り上げられた
「ロコモティブシンドローム」のお話しです。
Kさんは去年ぎっくり腰をやって、一ヶ月以上身動きが取れなかったそうです。
そして身長が1年で4cmも縮んだとか

彼女と同じ歳の私は今年転んで手を骨折し、一ヶ月では骨が着かず
「骨粗しょう症」を疑われ、先日腰のレントゲンを何枚も撮りました。
私、今までも違う病院で何度か骨密度は測っていて、いつも105とか108とかで
平均値よりも高かったのです。
それが今回の検査で背骨の一箇所に少々の狭窄が見つかり、
その上の骨の一部が初期の骨粗しょう症という診断

「一部分だけ骨密度を測っても、その数値はあまり意味はありません」と、
今通っている病院の医師は言います。
「〇〇大学病院の新しい治療法で、あと20年は元気に歩けるようにしましょう」と
しばらくは毎週一回注射を受けるように言われました。
う~~~ん

そこに偶然観たのが今回のNHKTVです。
あさイチ”あなたも寝たきり

第二の国民病「ロコモ」にご用心

要注意


原因はコラーゲン不足

まさに私のことを言われているようでした

「放っておくと手の次は背骨の骨折の危険、そして最後は大腿骨骨折のリスク大」
TVでの教授の言葉にガ~~ン

迷っていましたが、私、〇〇大学病院の注射療法を受けることにしますわ。
「あさイチ」では、40代から日々の軽い運動で筋力を維持し、
カルシウムやコラーゲンに富んだ食生活を心がけましょうという趣旨でした。
「私たちの40代・50代はハードな山々に行きまくっていたから、筋力はあったはず」
遅まきながら今からでも「危険の無い山歩きは筋力維持のために続けよう」
となりました。
二人ともここ最近「加齢」を突きつけられて落込んでいましたが、
負けてなるものかと頑張る事にしましたよ。