花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
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いっぱいの主婦の日記です

「箱根旅行」と小田原城、そして災害の観光地を憂う

2015年09月15日 | 旅日記
鬼怒川の決壊のニュースに衝撃を受けてすぐに、東京湾を震源とする震度4の地震を体験
そして昨日の阿蘇山爆発のニュース・・・
桜島の噴火も活発で、島民の一部避難のニュースを聞いたのも最近だったような気がします。

災害列島日本で生活するには覚悟が要りますね。
もう一度、改めて避難袋を点検しましたよ。

今回の水害では日光の鬼怒川温泉にも被害が及び、これからの紅葉シーズン
観光客の減少が気になります。
阿蘇も然りで、風評被害が心配ですね。

そんな中、日光と並ぶ関東の観光地「箱根山・大涌谷」の立ち入り禁止地区が一部緩和され、
噴火警戒レベルをレベル3から2に引き下げられたニュースが唯一救われました。

お盆の家族旅行は「箱根」
息子は例年通り、夏休みの旅行は「箱根の保養所」を2泊予約しました。
毎年、我ら夫婦とお嫁ちゃんのご両親も一緒に集まる、恒例のイベントです。


去年は夫が入院したので我が家はパス
楽しみにしていた子供たちのために、息子一家だけ決行・・・

その間夫が重篤となり、息子は連日電車で病院に通ってきましたわ。


あれから1年、私は8月15日の一日だけ参加、午後から電車で箱根に向かいました。
横浜のお盆は7月ですが、それでも旧盆中誰かがお線香をあげに来るかもしれない・・・

それに元気な孫たちと一緒の行動は、3日前に木曽駒ヶ岳登山をしてきた身には到底無理


保養所から見える箱根山・・・
この山の向こうが大涌谷だと思います。


登山電車の駅まで息子に車で迎えに来てもらい、私は午後4時頃合流・・・
すぐに温泉に入って、皆と夕食とを楽しみました。

そして食後はお部屋で全員揃ってカード遊びの「ウノ」で勝負・・・
(昔はもっぱらトランプ遊びが主でしたがね)

孫たちは前日、朝から夕方まで熱海の〇〇ホテルのプライベートビーチで海水浴
そしてこの日は箱根の「ユネッサ」でプールだったそうです

そしてお嫁ちゃんのご両親は二人で「箱根湿生花園」と「ガラスの森美術館」に行ったとか・・・
私も夫と何回か行きましたよ。

日頃は粗食の私、どのお料理も美味しいわビュッフェスタイルの朝食もしっかりと戴きました


いつもは8人だったこの集まり、今年から7人になりました
テーブルに座るのもバランスが悪いですね。

ロビーでは孫たちが喜ぶ縁日・・・朝ぶろに入って朝食後に卓球です。


ば~ばはハー君と真剣勝負、その後オトータンが相手をしてくれました。
以前は父子で真剣勝負をしていた息子こちらで紹介しています。
母親には優しい玉を打ち返してくれましたわ。

午前10時半に宿を出発し、息子一家は箱根湯本のアスレチック公園で遊ぶとか・・・

お嫁ちゃんのご両親はそのまま横須賀に帰るようです
冬に体調を崩したお母さんも元気になられて良かったですね。


私もアスレチックに誘われましたが、木曽駒ヶ岳登山の疲れも残っていて
「お父さんが待っているから、電車で帰るわ」と、息子の車で湯本まで行き駅で降ろしてもらいました。

やはり相方がいないということはとても淋しいことなのです

この時の箱根山はまだ噴火警戒レベル3で、箱根の観光地は閑古鳥が鳴いていると思っていましたが、
お盆の期間中は車も渋滞、保養所も満室でした。


箱根湯本から箱根登山鉄道に乗り、小田原に出ました。

このまま家に帰るのも味気なくて、デジイチ持ってきたのだから、月に一度の写真サークルに
提出する作品を狙わねばと、駅から歩いて10分の小田原城に行ってみました。


小田原城の天守閣はナント、改修工事中で中には入れませんでした。
工事期間などの詳しい情報はこちらでどうぞ

「小田原城」散策
15世紀末、伊勢宗瑞(後の北条早雲)が小田原に進出し、以後、北条氏が5代約100年にわたって
関東での勢力を拡大していきました。


小田原城は、関東支配の中心拠点として整備拡張され、豊臣秀吉の来攻に備え城下を囲む総延長9kmに及ぶ
総そうがまえ構の出現に至ってその規模は最大に達しました。


しかし、天正18年(1590)、石垣山一夜城の築城をはじめとする秀吉の小田原攻めにより
北条氏は滅亡し、戦国時代が終焉を迎えました。


この日の箱根はうす曇りで涼しかったのですが、小田原まで下ると暑い暑い


それでも若い方々の見学者が、それなりにいましたわ。

銅門(あかがねもん)

馬屋曲輪(うまやくるわ)から二の丸に通じる位置にあり、二の丸の正門にあたります。


地元民のお散歩コースですね本丸には常盤木門、鉄門の2つの城門がありました



常盤木門

このうち常盤木門は本丸の正門にあたり、重要な防御拠点であったために、
他の門と比べても大きく堅固に造られていました

ファミリー向けの催し物もあります暑さで思わず食べた「氷イチゴ」


あまりの暑さに撮影意欲も減退し、サークルに持って行けるような画像は撮れませんでした


重機が並ぶ小田原城、この時は辛うじて全景が見られましたが、
ホームページによると今は幕で覆われているらしい・・・

息子が高校に入学した春に(今から28年前)、旅行会社の広告を担当していた夫が
「伊豆の高級ホテルに泊まらせてやる」と言って、家族で二泊三日の伊豆旅行に行きました。

泊まったホテルは今はない下田の「黒船ホテル」だったような・・・
その帰りにこの「小田原城」を見学し、天守閣に登った覚えがあります。

その時のことを思い出しながら、私は電車で帰途に着きました。
案の定、弟と私の友人たちからお花が届いていたようで・・・
不在票が何枚もポストに入っていました。

旧盆が明けるとすぐに夫の一周忌
この一ヶ月、多くの方々がお線香をあげに来てくださったり
お花やお供物を送って戴いたりで、私は接待と礼状書きに追われていました。

皆様、夫の事を覚えていてくれてありがとうございました





コメント (18)
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