ねずの木 そのまわりにもグリムのお話いろいろⅠ/モーリス・センダック選 矢川澄子・訳/福音館書店/1986年
グリムの昔話でもあまり話されてはいないが、とにかく訳が楽しい。
「ふたりの旅職人」がでてきて、一人は善玉の仕立て屋、もう一人は悪玉の靴屋。
でくわすのは「人の子となるとよくあるもんでね」とはじまります。
つれだって町へ。仕立て屋は稼ぎがよくてぱっと使うタイプ。旅を続ける二人。
やがて、道が二本にわかれていて、近道は二日、片方は七日かかるという。仕立て屋は二日分のパン、靴屋は七日分のパンを用意して森のなかを進んでいきますが、三日目になっても森の中からでられず、仕立て屋は五日目にはパンを一切れめぐんでくれないかと靴屋にたのみますが、その代償は高く右の目です。
ひもじさがぶりかえして、もう一切れのパンの代償は、こんどは左の目です。
なにせ、靴屋は神さまなんぞ胸のうちから追い出してしまっていて石の心臓の持ち主。
一方、仕立て屋は極楽とんぼぶりを思い知らされる存在。
靴屋は、両目が見えない仕立て屋を、なんと首つり台へ置き去りにします。しかし、そこにいた罪人がいうことには、草の露で目を洗うと、目玉が生え変わるということ。
めでたく両目を取り戻した仕立て屋が、のどもとすぎれば何とやらで、うたや口笛交じりで、旅を続けます。
途中栗毛の子馬をつかまえますが、もっとたくましくなるまで待ってといわれ、子馬をはなしてやります。次にこうのとりをつかまえ食べようとしますが、これもはなしてやり、さらに小鴨、ハチの巣もそっとしてやります。
こうのとりとのやりとり。「うまいかどうかは知らねえが、腹ぺこでそんなことかまっちゃいられねえんだ。その首ちゃんぎって焼き鳥にさせてもらうよ」。
小鴨をつかまえると、親鴨が「だれかがあんたをさらっていって殺そうとしかけたら、あんたのお母さんだってどんなになげくかしれやしない。そうでしょう?」。仕立て屋「よしよし、だまれったら。子どもは返すよ」。
「お皿が三枚からっぽで、四枚目にはなにもなしときた。やれやれ、たいした冷や飯だわ」というのは仕立て屋のセリフ。
やがて王さまのおかかえの裁縫師に召したてられた仕立て屋ですが、そこに現れたのは例の靴屋で、王さまへ、あることないこと告げ口しては窮地においやります。
「へそまがりの王さまのたってのご命令だが、どうせ人間業ではできっこないときまっている以上、あしたまでぐずぐずするのも及ばない。今日のうちにあばよ、また都落ちだ」と、にげだした仕立て屋でしたが、ここで鴨、蜂、子馬、こうのとりの出番です。
窮地にたつたびに、運の悪いことを嘆く仕立て屋ですが、昔話で、ここまで主人公の気持ちを表現するのは珍しい。
男の子にめぐまれなかった王さまが、靴屋から、仕立て屋は、男の子を空からさずけてあげられるといっているというと、王さまは仕立て屋に「わしに息子をもたらしてくれたなら、一番上のむすめを嫁にとらせようぞ」といいわたします。
「こりゃたしかにたいしたごほうびだわい。やってみたくもなるけど、わしにゃあまりに高根の花ってとこだ。のぼっていったところで、足元の枝が折れて、おっこちるのが関の山だよ」・・仕立て屋。
あまりにも簡単にいくことが多い昔話のなかで、ややクッションのある展開が楽しい話です。
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