発熱客宿泊、拒めない GoToあいまい 旅館苦慮
その他 2020年8月14日 (金)配信毎日新聞社
新型コロナウイルス感染が再拡大する中、検温などの感染防止策を徹底することを条件に始まった政府の旅行需要喚起策「Go Toトラベル」。そこに、思わぬ法律の壁が立ちはだかっている。発熱など健康上の理由で宿泊を拒むことを禁じる旅館業法だ。安心安全を求めて実施する感染防止策も法律に抵触する可能性があるため、旅館業界が頭を抱えている。
「もし発熱のお客がいたら、お帰りいただけるのか」。九州山間部の温泉旅館の社長は頭を抱える。宿は緊急事態宣言下での休業を経て5月に再開。入館時の健康チェックや検温、館内の消毒などを徹底し、客足も伸びてきた。それでも、悩ましいのが発熱客への対応。脳裏をよぎるのが旅館業法の規定だという。
旅館業法とはどんな法律なのか。その5条では、ホテルや旅館に対し、原則として宿泊を拒絶できないと定め、宿泊拒否できるのは「明らかな伝染病」に限定している。このため、新型コロナ感染が「明らかな」場合でなければならず、たとえ高熱でも宿泊拒否はできない。
「検温を義務づける一方で、発熱した客の宿泊を拒否できない。コロナ禍の旅館業法は現場と乖離(かいり)している」。業界団体の幹部もこう嘆く。実際、那覇市では、コロナ感染の疑いがある旅行者を陽性判定が出る前に宿泊拒否するケースが発生。市は7月、宿泊拒否は「明らかな伝染病」のみだとする通知文を出し、旅館業法を守るよう求めた。
「Go To」は緊急経済対策の肝いり事業の一つで、7月22日にスタート。一部の首長から「時期尚早」と異論が出る中、政府は感染防止策を徹底することを条件にすることで開始に踏み切った。「ウィズコロナ時代の新しい旅のスタイルを定着させる大きなチャレンジ」(赤羽一嘉国土交通相)とも位置づけ、各種割引を受けるには検温などの感染防止策を条件にしている。
ただ、その防止策もあいまいだ。例えば、「37・5度以上」の発熱がある客については「保健所に相談する」としているが、相談後については具体的なルールはない。コロナ感染が疑われる客を発見したとしても、医療機関の受診やPCR検査の結果が出るまでには時間がかかる。その間、旅行者やその同行者の受け入れについては旅館側の判断に委ねられている。
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会によると、傘下の組合から「発熱の客がいて保健所に相談したが、一般の医院に相談するように言われた」「医院に連絡しても、なかなか診察してもらえなかった」などの報告が寄せられた。
感染防止策の徹底を求める「Go To」と、安易な宿泊拒否を禁じる旅館業法。板挟みの旅館業界はどうしているのか。
「決められた隔離部屋で待機してもらう」というのは、首都圏にも展開する福岡市のホテルグループ。
佐賀県の温泉旅館も「旅館業法がある以上、宿泊拒否はできない」と隔離部屋を用意して発熱者に備えている。ホームページなどで「発熱の客は宿泊をご遠慮いただく」趣旨を表示している旅館もある。
別府や由布院などの温泉地を抱える大分県旅館ホテル生活衛生同業組合は12日、保健所と協力して作った健康チェックシートを含めた独自のマニュアルを作成し、組合員に公開。「健康な状態で旅に出ても発熱する人は普段からいる。拒否はすべきでない」(担当者)といい、休日でも受診できる病院情報なども共有するという。
混乱する旅行業界からは旅館業法の見直しを求める声が出ているが、厚生労働省は「今のところ法改正の動きはない」。旅館業法の施行は1948年で、宿泊拒否を固く禁じる背景には、人種や障害を理由にした不当差別をなくすことがある。旅館業法に詳しい弁護士の高宮雄介氏は「歴史的な経緯に加え、山間部など場所によっては泊まれないことが客の命に関わるケースもある。法改正には慎重さが必要だ」と指摘する。ただ、コロナ禍で発熱した客への対応については「宿泊を強く望む客を拒むと違法となるケースもあるので、客の体調を気遣って宿泊見送りを提案するなど状況に応じて工夫するしかない」と話している。【久野洋】