本番前に詰めて練習をしていると、
色々とインスピレーションが沸いてきたり、
集中力や精神力が増して、日頃では得られない
成果があることがありますが、
何もリサイタル前日になって、しかも
プログラムを印刷してしまった後では取り返しのつかない
発見があったとしたら、これは悔やまれるものです・・・
ムソルグスキー作曲のピアノ作品《展覧会の絵》の
最後を締めくくる曲は、
ピアノという楽器の端から端まで使って、オクターブが駆け巡り、
鐘が鳴り響いて、壮大な景色が眼前に浮かび上がってくるかのような
絢爛豪華な音楽となっています。
ところで、この曲の題名なのですが・・・
実は先ほど、この題名については、
非常に気を付けて取り扱いたい大事なことなのではないかと
思ってしまったのです・・・
色々な版が出版されており、今現在自分の手元では
すっかりどれが正しい題名なのか分からなくなってしまったのですが、
大方、
日本語ではこの曲の題名は
「キエフの大門」
と呼ばれています。
これは、
この楽曲《展覧会の絵》の創作契機となった、
作曲者ムソルグスキーの友人ガルトマンの回顧展のなかにあった
『キエフの大門』という一枚の絵があるため、
この題が音楽にも用いられているものと思われます。
しかし、
果たして、これが
作曲者ムソルグスキー本人の書いたものなのかどうか・・・
少々、疑問に思えることがあったのです。
というのは、実はなんと、手持ちの別の洋楽譜では、
英語・ロシア語・フランス語の三ヶ国語で題名が記されており、
この終曲においては、
●英語では「The Great Gate(in the Capital, Kiev)」
●ロシア語は・・・自分は全く素養がなくここでは失礼致しますが・・・
●仏語では「La grande porte. Dans la capitale de Kiev.」
となっているのですが・・・
注意すべきは、
「首都キエフにおける」という内容は、
括弧にくくられているか、あるいは
下に小さい文字で添えられているか、
そのどちらかであるということです・・・
これを解釈するならば、あくまでも
「キエフにおける」という意味合いは「副」である
ということになりましょうか。
そして、
この音楽を、「キエフ」という一所に限定されずに
《大きな門》と捉えるならば、
この音楽の有する可能性はより一層
大きく拓けるのではないか、と思ったのです。
この作品が、ムソルグスキーの亡き友人
ガルトマンを思って書いた音楽であるのならば、
尚更、この「門」には、
キエフに限らない、より大きな意味を託すことが出来るのではないかと、
思えて仕方が無くなってきてしまったのです。
いや、もちろん
これがキエフの門であってもよいのかもしれない・・・
キエフというかつてのロシアの首都に
自らたずさわった門が建てられるということは、
大いなる栄光であり、それは男のロマンなのかもしれません。
現実に、ガルトマンのデザインした門は
実現されることはなかったといいます。
しかし、この門は
ムソルグスキーの手により、音楽となって、
時代と国境を越えて、今日の全世界で親しまれているというのは、
彼の友人にとっての、なんという栄光でしょうか!!
音楽の中で、この門は、確かに、
その壮大な姿を浮かびあがらせます。
明日の舞台では、
《大きな門》として、演奏してみたい、そう思ったのでした。
そして、残念ながら印刷済みのプログラムには
このようには書かれていませんが、
もしも、このBlogを読まれて会場へいらっしゃる方がおいでなら、
どうか「キエフ」にとらわれずに
大きな門を共に思い描いてみてください。
そして、
閉じた門の中からかすかに聴こえてくる始めのコラール、
門が開き、眼前に歌い上げられる2度目のコラール、
そして、壮大なロシアの鐘の鳴り響くさまを、
ご堪能いただけたらと、切に願う次第です。
がんばって、演奏します。
↑クリックありがとうございます↑
…………………………………………………………………
この記事に関するコメントやご連絡等ございましたら、
以下のアドレスまでメッセージをお送り下さい。
PianistSegawaGen@aol.com
…………………………………………………………………
色々とインスピレーションが沸いてきたり、
集中力や精神力が増して、日頃では得られない
成果があることがありますが、
何もリサイタル前日になって、しかも
プログラムを印刷してしまった後では取り返しのつかない
発見があったとしたら、これは悔やまれるものです・・・
ムソルグスキー作曲のピアノ作品《展覧会の絵》の
最後を締めくくる曲は、
ピアノという楽器の端から端まで使って、オクターブが駆け巡り、
鐘が鳴り響いて、壮大な景色が眼前に浮かび上がってくるかのような
絢爛豪華な音楽となっています。
ところで、この曲の題名なのですが・・・
実は先ほど、この題名については、
非常に気を付けて取り扱いたい大事なことなのではないかと
思ってしまったのです・・・
色々な版が出版されており、今現在自分の手元では
すっかりどれが正しい題名なのか分からなくなってしまったのですが、
大方、
日本語ではこの曲の題名は
「キエフの大門」
と呼ばれています。
これは、
この楽曲《展覧会の絵》の創作契機となった、
作曲者ムソルグスキーの友人ガルトマンの回顧展のなかにあった
『キエフの大門』という一枚の絵があるため、
この題が音楽にも用いられているものと思われます。
しかし、
果たして、これが
作曲者ムソルグスキー本人の書いたものなのかどうか・・・
少々、疑問に思えることがあったのです。
というのは、実はなんと、手持ちの別の洋楽譜では、
英語・ロシア語・フランス語の三ヶ国語で題名が記されており、
この終曲においては、
●英語では「The Great Gate(in the Capital, Kiev)」
●ロシア語は・・・自分は全く素養がなくここでは失礼致しますが・・・
●仏語では「La grande porte. Dans la capitale de Kiev.」
となっているのですが・・・
注意すべきは、
「首都キエフにおける」という内容は、
括弧にくくられているか、あるいは
下に小さい文字で添えられているか、
そのどちらかであるということです・・・
これを解釈するならば、あくまでも
「キエフにおける」という意味合いは「副」である
ということになりましょうか。
そして、
この音楽を、「キエフ」という一所に限定されずに
《大きな門》と捉えるならば、
この音楽の有する可能性はより一層
大きく拓けるのではないか、と思ったのです。
この作品が、ムソルグスキーの亡き友人
ガルトマンを思って書いた音楽であるのならば、
尚更、この「門」には、
キエフに限らない、より大きな意味を託すことが出来るのではないかと、
思えて仕方が無くなってきてしまったのです。
いや、もちろん
これがキエフの門であってもよいのかもしれない・・・
キエフというかつてのロシアの首都に
自らたずさわった門が建てられるということは、
大いなる栄光であり、それは男のロマンなのかもしれません。
現実に、ガルトマンのデザインした門は
実現されることはなかったといいます。
しかし、この門は
ムソルグスキーの手により、音楽となって、
時代と国境を越えて、今日の全世界で親しまれているというのは、
彼の友人にとっての、なんという栄光でしょうか!!
音楽の中で、この門は、確かに、
その壮大な姿を浮かびあがらせます。
明日の舞台では、
《大きな門》として、演奏してみたい、そう思ったのでした。
そして、残念ながら印刷済みのプログラムには
このようには書かれていませんが、
もしも、このBlogを読まれて会場へいらっしゃる方がおいでなら、
どうか「キエフ」にとらわれずに
大きな門を共に思い描いてみてください。
そして、
閉じた門の中からかすかに聴こえてくる始めのコラール、
門が開き、眼前に歌い上げられる2度目のコラール、
そして、壮大なロシアの鐘の鳴り響くさまを、
ご堪能いただけたらと、切に願う次第です。
がんばって、演奏します。
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