《ピアノソナタ第29番 op.106 “ハンマークラヴィア”》3楽章、
この楽章は、ベートーヴェンのピアノ作品において特別な位置にあるといって、
過言ではないと思います。
他の作品に見られない、ここならではのベートーヴェンの表記がいくつか
見られるのです。そして、音楽の内容的においても・・・・
ここまで壮大な緩叙楽章は、書かれたことは
なかったのではないでしょうか・・・。
●「Adagio sostenuto」
のテンポ指定。単なる「Adagio」ではなく、そこに「sostenuto」が付くことにより、
後ろ足引かれるような・・・先に行きたくてもなかなか進めないような・・・まるで
足かせをはめさせられているような・・・
●テンポに関して、ここには具体的なメトロノーム指示もあります。
「八分音符=92」
そして、これはベートーヴェン自身による指示であることが大いに注目されます。
メトロノームが発明されて間もない頃(1817年)で、ベートーヴェンがこの機器を
大いに喜んだことが伝えられています。
(注)《ハンマークラヴィア》1楽章のメトロノーム指示に関しては、あまりにその指示が速過ぎ、多くの議論を呼んでいるようです。たぶん、ベートーヴェンが、この出始めたばかりのメトロノームの使い方に慣れず、読み方を間違えちゃった・・・とか!?
さらに、
●「Appassionato e con molto sentimento」の指示があります。
すなわち「情熱的に、そしてとても感傷的に(センチメンタル?)」
ベートーヴェンが、あの巨人ベートーヴェンが!?「sentimento」を
望んでいます。これは、珍しい・・・・
今のところ、ベートーヴェンがこの指示を出している楽曲は、思いつきません
(これが唯一かどうかは、分かりません・・・じっくり調べてみないと)。
冒頭の指示はさらにもう一つあります。
●「Una corda mezza voce」
後期ベートーヴェンの好んで使用した音色だと考えています。これは、
《ハンマークラヴィア》の前作品、《ソナタ28番 op.101 A-Dur(イ長調)》の3楽章にて
「Mit einer Saite, Sul una corda」
と、ドイツ語とイタリア語の両表記にて書き記されています。
ここには、「Mezza voce」の指定はないのですが、だからといって「p」とも
書いていない・・・。
以前、
レッスンで師匠にこの曲を見ていただき、この3楽章冒頭を静かに弾き始めた時、
「もっとだ~~!!!もっと響きを~~~!!!!」
とすさまじい勢いで言われたことがありました。
「え!?もっとですか!? これじゃあ、「f」になっちゃいますよ!?」
「そうだ、もっとだ~~!!!!」
だそうです・・・・しかし、これがドイツ人のドイツ魂たる
ベートーヴェンの音楽と音なのか、と今では考えています。
ドイツ魂のこもった響きで、この《ハンマークラヴィア》3楽章は始まります。
それはまるでコラールのように・・・。