音楽の「拍感」が良く(佳く!?)表現されるために、機械メトロノームに頼ることは、間違いであると断定できるよう!?思いました・・・
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:11
拍感は、人(奏者)の「意思」から表現されるものだと、今の私は思います。
芸術の真髄は「人の意思」にあるよう、思い考えている今日この頃です。
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:11
事実である物理を活用し、
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:13
人の意思の表現をすること、
それが芸術!?!?
音を利用する音楽
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:15
色を利用する絵画
物体を利用する彫刻
言葉を利用する文学
墨と紙を利用する書道!?
茶を利用する茶道!?
他には!?
今日の道場において、拍感のために、小節線を越えて、自由に(かつ規則正しく(笑))数える方法を提案しました。そこに「テンポが揺れてしまうのでは?」という質問をいただき、すかさず「それがルバートです!」と、自信を持って答えられたのです・・・!!
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:20
貴重な体験でした。
要するに、
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:21
芸術家の芸術活動において、
意思なくしては、芸術は成り立たない!?
と考えている今日この頃なのです。
色々な意思の引き出しを増やし、磨いてゆくこと、生涯を通して。
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:23
これが芸術家の人生!?
ちなみに、先の質問者は、父でした(苦笑)
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:24
息子を心配する親心・・・ありがたいような、足を引っ張られるような!?
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:27
複雑な気持ちで生きてきた、我が数十年であることを、意識します・・・
なかなか大変難しいのですよ!!同業者の家族がいることは!!(苦笑)
(もちろん、ポジティブな面もあるでしょうが)
・・・酔いにまかせてのお恥ずかしい呟きを・・・失礼いたしました(苦笑)
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:28
あのイチロー選手が、オリックスを辞めて大リーグへ移る考えを、恩人であるオリックスの監督に告げる際、「お酒の力を借りて」と言った!!とのことを、鮮明に覚えています!!
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:31
「お酒の力」は、上手に使えば、なかなか効果大!?(人生を大きく変えるほどに!?zBイチローの大リーグ移籍)
もちろん、意思ばかりが独りよがりして、真実とはおおきく異なる方向へ行ってしまうような事態では、よい芸術は生まれないだろう、ということも予測されます・・・
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:34
真実に基づかんとする意志の上での意思に、価値あり!?!?
「私がいいと思うから、そうする」
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:37
・・・下手をすると、真実の道に基づかない危険な方向へ堕ちてしまう、危険な個人主義であるよう、警戒しています・・・
よき直観を信じることもなかなか大事な機会とも思いますが!!
いやはや・・・難しい
クラシック音楽においては、先人の知恵の結晶としての楽譜や、歴史的事実に基づく様々な意見が、芸術活動における裏付けとして、沢山遺されています!!
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:40
それを基に、自分も活動してゆくことは、的確なアドバイザーが居ながら道を進めるような、安心感・自信を持てるものなのかもしれません!?
クラシック音楽に生涯を捧げる。
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:41
なかなか生き甲斐あるものです(笑)
E.フィッシャーが、そう言っています。
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:42
音楽を通しての「生き甲斐ある人生」みたいなことを。
(↑20世紀の名匠ピアニスト)
「長時間練習した・多い回数練習をこなしたから、自分はきっと大丈夫!!」は・・・
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:47
ごめんなさい!残念ながら・・・根拠の薄いことと考えられます。
「よい練習中ができたから、きっと大丈夫」の方が、効果大!?
・・・私は、真実に基づかん!?とする心掛けに、相当こだわっているようです(苦笑)
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:48
・・・そうか・・・すると「長時間練習した・沢山の回数練習をこなした」ということも、事実であり、その一定の効果は、少なからずあるでしょうか・・・
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:51
でもやっぱり!?「よい練習」の方が、効率がよいように思われてしまいます。
「よい練習とは何!?」という問題は、今はさて置き(御免)
悪い練習を、長時間・多い回数してしまうことは、その「悪い」ことを身に付けてしまう危険が大ではないでしょうか・・・
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:53
練習内容の良し悪しに気を付けることは、肝要だと思われます・・・
良し悪しとは!?
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 00:56
ある、と思います。冷静によく考える(哲学的に!?)と、答えが見えてくることは、少なからずあるはずです。
もちろん、全て分かる!?なんてことは無理だと思いますが!
少なからず、分かることもある、と思います。
血のめぐりの悪い人たちだ。気のきいた洒落をその場で野暮な真実にしてしまわないと気が済まないのですか。真実をあばいて何になります。(触れ役『ファウスト』手塚訳)
— J. W. von Goethe (@_anschauung) 2017年5月9日 - 13:08
・・・苦笑
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 10:09
私の見る所、知識はあたかも閉じ込められた、だが流動する水のように、次第にある水準にまで高まり、最も素晴らしい発見の数々は人間によってよりもむしろ時代によってなされたといっても過言ではない。非常に重要な事柄が、同時に二人或いはそれ以上の篤学の士によってなされたりするのはそのためだ。
— ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (@J_W_Goethe_jp) 2017年5月10日 - 10:06
ハンス・リヒターがサンクト・ペテルブルクにヴァーグナーのオペラを指揮しに来たさい、彼による演奏を聞いた。彼もまた、自分の大志すべて作曲家の精神や意図を深く理解することに注ぎ込み、自分はスコアの前で姿を消す、あの稀なタイプの指揮者だった。
— ストラヴィンスキー bot (@strawinsky_bot) 2017年5月10日 - 11:26
音楽は音符と全く関係がない。音符はものを入れて運ぶ器である。その中身が音楽なのだ。音楽はこの器によって実体化される。だがそれは音符のなかにあるのではない
— チェリビダッケbot (@Celibidachebot) 2017年5月10日 - 12:29
「思考行為においてこそ、宇宙の秘密の一端を摑むことができる。そこで何かが生じるときには、必ず我々自身がそれに立ち会っている。そしてまさにこのことが大切である。」
— ルドルフ・シュタイナーbot (@R_Steiner_bot) 2017年5月10日 - 13:13
ルドルフ・シュタイナー
類比をあまり強く推し進めれば、全てが同一のものに帰着する。類比を避ければ、無数のものに分散する。どちらの場合にも考察は停滞する。一方では考察が活発すぎるために、他方ではそれが殺されてしまうために。-箴言と省察-
— ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (@J_W_Goethe_jp) 2017年5月10日 - 13:07
順々にハシゴをつたう方法で音程をおぼえようとすれば、時間もかかり不誠実な成果しかあがらない。
— Kodály Zoltán (@Kodaly_bot) 2017年5月10日 - 13:15
例えば、長6度を「全音4つ+半音1つ」!?
— Gen Segawa 瀬川玄 (@pianistGS) 2017年5月11日 - 10:24
と数えるやり方が、批判されているということでしょうか!?
同意です。
長6度は「完全5度+全音」
短6度なら「完全5度+半音」
と測った方が、よっぽど分かり易く効率的だと思っています♪