昨晩、あるひとつのコンサートへと出かけ、
それはあまりにショッキングな演奏会でした。
「ショック」とは、単にネガティブな意味での批判ではなく、
演奏について、音楽について、芸術について、
そして人間について、色々と考えさせられたことを意味します。
ここにおいて、批評家を気取るつもりは毛頭無いのですが、
この貴重な体験を、自分のためにも、ひとつ文章にして残してみたい
と思い、試みてみました。
◇◆◇◆
奏者はピアニストのイヴォ・ポゴレリッチ。
現在世界的に活躍する中堅どころのピアニストで、若かりし頃、
彼がショパン・コンクールに参加した際、
審査員マルタ・アルゲリッチが彼を支持し、予選での彼の落選に怒り、
すぐさま審査員を辞退したという逸話が有名。
最近に至っては、おそらくは彼の妻の死を期に、いよいよ変人の道を
まっしぐらという、一風変わった音楽家・人間と紹介してよいだろうか。
演奏曲目は、ピアノ協奏曲のジャンルにおける最高峰の名作のひとつ
と数えてよい、ラフマニノフ《ピアノ協奏曲2番op.18》であった。
音楽はピアノの静かな独奏に始まり、
重厚な和音と、低音の「ファ」の音が交互に響きをまし、
「pp」から「ff」へと登りつめ、怒涛のようになだれ落ちる勢いを、
オーケストラが受け継いで朗々と歌い始める様は、あらゆる人を
音楽の世界へと一気に引きずり込むようなすさまじい力を放つ。
ところが、このポゴレリッチ、
彼の変人振りは、このほんの冒頭においてすぐさま顔を覗かせる。
和音が「pp」で鳴る、実に研ぎ澄まされた緊張感のある音。
この和音と低音の「ファ」の音が交互に鳴り、クレッシェンドしていく。
が、
5つ目の和音となったときに、「pp」へと戻ってしまった・・・
しかも、つづく低音の「ファ」の音は、さらに鋭さ増して存在感を示し、
和音は繰り返し「pp」で静かなまま、低音の「ファ」だけが
一人孤独に鋭さと音量をまし、
ついに最後の8つめの和音になって、突如の大音量で我々を驚愕させ、
そして大津波となってオーケストラのメロディーへと消えていった・・・
こんなことをする演奏を、少なくとも私は久しく聴いたことが無い。
作曲者ラフマニノフが楽譜に書いたものとは明らかに異なる音楽を
彼は演奏しているのだった。
なぜ???
どうして、そんな風に演奏するの???
という疑問が演奏中、終始続いていたと言えば、この彼の奇抜な
演奏における聴く側の心理状況として、間違ってはいなさそうだ。
つづく
それはあまりにショッキングな演奏会でした。
「ショック」とは、単にネガティブな意味での批判ではなく、
演奏について、音楽について、芸術について、
そして人間について、色々と考えさせられたことを意味します。
ここにおいて、批評家を気取るつもりは毛頭無いのですが、
この貴重な体験を、自分のためにも、ひとつ文章にして残してみたい
と思い、試みてみました。
◇◆◇◆
奏者はピアニストのイヴォ・ポゴレリッチ。
現在世界的に活躍する中堅どころのピアニストで、若かりし頃、
彼がショパン・コンクールに参加した際、
審査員マルタ・アルゲリッチが彼を支持し、予選での彼の落選に怒り、
すぐさま審査員を辞退したという逸話が有名。
最近に至っては、おそらくは彼の妻の死を期に、いよいよ変人の道を
まっしぐらという、一風変わった音楽家・人間と紹介してよいだろうか。
演奏曲目は、ピアノ協奏曲のジャンルにおける最高峰の名作のひとつ
と数えてよい、ラフマニノフ《ピアノ協奏曲2番op.18》であった。
音楽はピアノの静かな独奏に始まり、
重厚な和音と、低音の「ファ」の音が交互に響きをまし、
「pp」から「ff」へと登りつめ、怒涛のようになだれ落ちる勢いを、
オーケストラが受け継いで朗々と歌い始める様は、あらゆる人を
音楽の世界へと一気に引きずり込むようなすさまじい力を放つ。
ところが、このポゴレリッチ、
彼の変人振りは、このほんの冒頭においてすぐさま顔を覗かせる。
和音が「pp」で鳴る、実に研ぎ澄まされた緊張感のある音。
この和音と低音の「ファ」の音が交互に鳴り、クレッシェンドしていく。
が、
5つ目の和音となったときに、「pp」へと戻ってしまった・・・
しかも、つづく低音の「ファ」の音は、さらに鋭さ増して存在感を示し、
和音は繰り返し「pp」で静かなまま、低音の「ファ」だけが
一人孤独に鋭さと音量をまし、
ついに最後の8つめの和音になって、突如の大音量で我々を驚愕させ、
そして大津波となってオーケストラのメロディーへと消えていった・・・
こんなことをする演奏を、少なくとも私は久しく聴いたことが無い。
作曲者ラフマニノフが楽譜に書いたものとは明らかに異なる音楽を
彼は演奏しているのだった。
なぜ???
どうして、そんな風に演奏するの???
という疑問が演奏中、終始続いていたと言えば、この彼の奇抜な
演奏における聴く側の心理状況として、間違ってはいなさそうだ。
つづく