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吉田秀和著 『現代の演奏』新潮社より抜粋
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ルービンシュタインの独奏会の時。
彼がショパンのト短調バラードの両手のオクターヴの黒鍵の下降のパッセージを、
《英雄》ポロネーズの左手のオクターヴのクレシェンドを、
ほかの誰も真似手のないほどの速度とダイナミックで演奏する時、
私の前にすわっていた老人夫妻が、
椅子の手すりに手を支えてとび上がりそうになったり、
両手をもみあわせ、身体をねじっていた姿。
音楽の与える感動が、
こんなにも生で爆発的なショックの形をとるなんて、
私には思いもかけないことだった。
音楽の魅力は、もちろん、
どんなに知的な要素を交えているといっても、
大半は官能的なものである。
それは当然だが、逆にまた、
音楽の刺激はどんなに直接的身体的なものであっても、
また知的な要素を全く欠くわけにゆかないと考えている私にとっては、
あの光景は、思いがけなかった。
あれは、まるで、
拳闘場か何かにこそ似合わしい興奮だった。
演奏中は声こそかからなかったが、
それだけにあとの喝采はすごかった。
何度もステージに呼びもどされたルービンシュタインが、
両手を固く握りあわせたまま、高々と揚げる様子も、
私には珍しかった。
というより、ここでもまた、
私は拳闘場を連想させられずにいられなかった。
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