小林秀雄 著『モオツァルト』より
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モオツァルトという最上の音楽を聞き、
モオツァルトという馬鹿者と附合わねばならなかった
ランゲの苦哀を努めて想像してみよう。
(ヨゼフ・ランゲ作 1782年作)
ランゲが出会ったのは、
決して例外的な一問題という様なものではなく、
深く自然な一つの事件なのであり、
彼が、この取付く島もない事件に固執して逃れる術を知らなかったのは、
ただ友人の音楽が彼を捉えて離さなかったという単純な絶対的な理由による。
一番大切なものは一番慎重に隔されている、
自然に於ても人間に於ても。
生活と芸術との一番真実な連続が、
両者の驚くべき不連続として現れないと誰が言おうか。
この素人画家は絵筆をとる。
そして、モオツァルトの楽しんでいる一種のアイロニイ云々
という様な類の曖昧な判断を一切捨てて了う。
そういう心理的判断がもはや何の役にも立たぬ、
正しい良心ある肖像画家の世界に、彼は這入って行く。
絵は未完成だし、決して上手とは言えぬが、
真面目で、無駄がなく、見ていると何とも言えぬ魅力を感じて来る。
原画はザルツブルグにあるのだそうが、一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。
写真版から、こちらの勝手で、適当な色彩を想像しているのに、
向うの勝手で色など塗られてはかなわぬという気さえもして来る。
ともあれ、
僕の空想の許す限り、これは肖像画の一傑作である。
画家の友情がモオツァルトの正体と信ずるものを創りだしている。
深い内的なある感情が現れていて、
それは、ランゲのものでもモオツァルトのものでもある様に見え、
人間が一人で生きて死なねばならぬ或る定かならぬ理由に触れている様に見える。
モデルは確かにモオツァルトに相違ないが、
彼は実生活上強制されたあらゆる偶然な表情を放棄している。
言わばこの世に生きる為に必要な最小限度の表情をしている。
ランゲは、恐らく、こんな自分の孤独を知らぬ子供の様な顔が、
モオツァルトに時々現れるのを見て、
忘れられなかったに相違ない。
♪
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モオツァルトという最上の音楽を聞き、
モオツァルトという馬鹿者と附合わねばならなかった
ランゲの苦哀を努めて想像してみよう。
(ヨゼフ・ランゲ作 1782年作)
ランゲが出会ったのは、
決して例外的な一問題という様なものではなく、
深く自然な一つの事件なのであり、
彼が、この取付く島もない事件に固執して逃れる術を知らなかったのは、
ただ友人の音楽が彼を捉えて離さなかったという単純な絶対的な理由による。
一番大切なものは一番慎重に隔されている、
自然に於ても人間に於ても。
生活と芸術との一番真実な連続が、
両者の驚くべき不連続として現れないと誰が言おうか。
この素人画家は絵筆をとる。
そして、モオツァルトの楽しんでいる一種のアイロニイ云々
という様な類の曖昧な判断を一切捨てて了う。
そういう心理的判断がもはや何の役にも立たぬ、
正しい良心ある肖像画家の世界に、彼は這入って行く。
絵は未完成だし、決して上手とは言えぬが、
真面目で、無駄がなく、見ていると何とも言えぬ魅力を感じて来る。
原画はザルツブルグにあるのだそうが、一生見られそうもないものなど、見たいとも思わぬ。
写真版から、こちらの勝手で、適当な色彩を想像しているのに、
向うの勝手で色など塗られてはかなわぬという気さえもして来る。
ともあれ、
僕の空想の許す限り、これは肖像画の一傑作である。
画家の友情がモオツァルトの正体と信ずるものを創りだしている。
深い内的なある感情が現れていて、
それは、ランゲのものでもモオツァルトのものでもある様に見え、
人間が一人で生きて死なねばならぬ或る定かならぬ理由に触れている様に見える。
モデルは確かにモオツァルトに相違ないが、
彼は実生活上強制されたあらゆる偶然な表情を放棄している。
言わばこの世に生きる為に必要な最小限度の表情をしている。
ランゲは、恐らく、こんな自分の孤独を知らぬ子供の様な顔が、
モオツァルトに時々現れるのを見て、
忘れられなかったに相違ない。
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