死は、甘いか、辛いか
人それぞれ、または時代の風潮など、
その考えは様々といえましょうか。
ベートーヴェンBeethovenが晩年に入って書かれた
多くの高度で難解な作品達は、
彼の死生観を表しているように受け取ることが
できるのは恐らくは不自然なことではないでしょう。
多くの作曲家・多くの芸術家が生涯の終わりを迎える前に
そういった種類の仕事をすることは少なくはないようです。
ベートーヴェンも、きっとそんな一人。
そのベートーヴェンの後期の作品の
曲の終わり方をざっと思い返してみますと、
まだ完全に証拠を掴んだわけではないのですが、
恐らく、ほとんどの曲が明るい「長調」で
終わっているのではないでしょうか・・・
それは時に晴れやかだったり、時に厳かだったり、
時には神聖な静けさをもって・・・etc
一方、余談ではありますが、
中期の頃の血気盛んなベートーヴェンは、
ドッカン・ガッチャン系
といっていいでしょうか。ありったけの漲る力を
音楽に向けて!!みたいな・・・。
そして他ならぬベートーヴェンの一般的なイメージは
これだとも思いますし。それでいいとも思いますし(笑)
しかし、それはほんの「一面」でしかないことを
どこかで強くアピールする必要もあると思いますが。
《ピアノソナタ》のジャンルで言えば、
有名は《悲愴ソナタ》《月光ソナタ》、そして大作
《熱情ソナタ》はドッカン・ガッチャンの権化のような
最高傑作です。どれも、終わりは「ff」の
凄まじいパワーが音楽から溢れ出て、
聴くものを・弾くものをも巨大な感動の渦に
巻き込まんとする力を持っています。
・・・しかし、
後期ベートーヴェンは、
ドッカン・ガッチャンの火を絶やしてはいないものの、
主なる目的・方向性は、次の世界を目指していたのでは
ないのかと思われます、すなわち、『不滅の恋人への手紙』
に出てくる言葉を借りれば
「天の殿堂」
を夢見て・・・
つづく